ながいゆめ

□クランベリーの秘密
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あの後、わたしはムッとした顔するブン太にベッドから思いっきり落とされた。(おしりに痣が出来てるかも!)痛いと怒れば、俺が見てやろうか?ってスカート捲ってくるし…ほんと意地悪ばっかり。だから、絶対ブン太をその気にさせて、ぎゃふんと言わせてやるんだ!

「これでどうよ」

ゆるく巻いた髪、いつもより多めに塗ったマスカラに軽く引いたアイライン、ほんのりピンクの頬にぷるんとした唇。(新しいグロス買ってよかった!)これでブン太をその気にさせてやるんだから!そう意気込んで、家を出た。今日、ブン太は朝練だから会うのは教室だ。
――教室に入るとブン太は仁王といて、わたしは少し髪を整えてから二人に話しかけた。(ブン太、今日もかっこいい…)

「おはよー」
「おーまお…」
「まおちゃん、おはよ。…ん?何か今日はいつもと違うナリ。なんか可愛いぜよ」
「えっ、そうかなー?」

そうそう!仁王、もっと言って!平凡なわたしでもちょっと頑張れば、こうなんだから!ブン太は、どう思ってるかな…?ちらりとブン太を見れば私の方をじっと見ていて、それだけで私の心臓はどきりと跳ねる。しかし、次のブン太の言葉でそのときめきも呆気なく砕け散る。

「似合ってねーし。別に可愛くもねぇ」

なに?

「そうかのう。俺は、ええと思うが」
「全然だろい」

何て言った?ブン太に可愛いって思われたくて、キスしたいって思わせたくて、いつもより気合入れてメイクしたのに…何よ、それ。

「まおちゃん、かわえーよ?」
「言うな言うな。調子に乗ったらめんどくせぇから」

欲しい言葉なんていつもくれない。意地悪ばっかり言って、本当にわたしのこと好きなの?

「分かってるもん。可愛くない事なんて…」

今にも泣き出しそうで、俯きながら言った言葉は震えた。もうここにいたくない。気が付けば教室を飛び出して、屋上へと駆け上がる。走ったせいで息があがって苦しい。けど、それよりももっと心が苦しい。

「追って来てくれない…」

分かってる。最初に好きになったのはわたしで、一生懸命アピールしてやっと仲良くなれて告白したのもわたし。いつもブン太のことしか考えてなくて、何気ないことでドキドキしてるのもわたしだけなんだ。

「こんなの片想いと同じじゃん…」

自分で言って、よけい虚しくなる。ギィっと古い音をたてて開いた扉から差し込む光に目を細めた。あー、やっぱり保健室にすればよかったかな…日に焼けそう。

「アンタもサボり?」

後ろから急に話しかけられ、びっくりしてぱっと振り返ると、うねっとした黒い髪に大きい猫目。少し生意気そうな顔立ちの男の子がこっちをじっと見ている。

「…そうなの、かな」
「ふーん」

わたしの横をスタスタと歩いて通り過ぎ、扉の横にかけられた梯子に手をかけた。ずんずんとそれを登っていき、給水タンクの影に隠れるように座った。

「何してんだよ。アンタも来いよ」

え?わたし?自分を指さして頭を傾げると、その男の子は「アンタ以外誰がいるんだよ」と眉間に皺を寄せて手招きした。(なんか生意気!絶対年下だよね?!)ここに突っ立っている訳にもいかないので、錆の浮いた梯子をわたしも登った。わっ、手が錆臭い。

「俺、一年の切原赤也。アンタは?」

やっぱり年下じゃん。

「わたしは、二年の栗山まお」
「え!年上?…見えねぇ」

悪かったわね!ほんと生意気!ムッとしていると、切原くんはぷはっと吹き出し笑いながら「ここ座ったらどおっスか?」と自分の隣をポンポン叩いた。あ、笑ったら可愛い。人懐っこい笑に少しドキッとしながら隣に腰をおろした。

「俺、英語が嫌いでいっつもサボりなんスよ。何言ってんのか分かんねぇし、眠くなるし」
「単位とれなくなっちゃうよ」
「それはヤバイっスね!仕方ねぇからたまには出るか…」
「たまにじゃダメだよ」
「別にいーんスよ、たまにで。じゃあ、まお先輩は何でサボり?嫌いな授業とかっしょ?」
「わたしは…」

ああ、また思い出しちゃう。喉の奥がつんっとして痛い。今日初めて会った後輩の前で泣くなんて、絶対ダメなのに…ぽたぽたと溢れる涙は止めようと思えば思う程、溢れてしまって止まらない。

「はっ?どうしたんスか!?俺なんか言った?」
「ちが…彼氏とちょっとあって…ごめんね。急に泣いて…」

絶対、めんどくさい。あー、もう!メイクもぐちゃぐちゃになっちゃう。すっと伸ばされた切原くんの指がわたしの涙を拭う。急なことにびっくりして体がびくりと跳ねた。

「き、り…はらくん…?」
「辛い?」
「…え?」
「泣きたいんだろ?」

なによ、やっぱり生意気。ていうか、初対面でまだ会ってから三十分も経ってないのにわたしもわたしだ。でも、少し切原くんの胸借りていいかな…神様、浮気者のわたしをどうか許してください。今だけは、誰かに頼りたい。嗚咽を漏らすわたしの肩を切原くんが掴む。視線が交わって、真剣な顔する切原くんに体が強ばった。なんでそんな顔してるの?その瞬間、わたしの視界は切原くんでいっぱいになった。わたしの唇にブン太とは違う、感触と香り。

「しょっぱい…」
「…なんで?」
「まお先輩がそんな顔すっからいけないんスよ」

放心状態のわたしに「じゃあ、また」とだけ言って切原くんは屋上から出て行った。三回目のキスはブン太じゃなくて、後輩の男の子だった。


2013.06.08
※ クランベリーの花言葉「慰め」

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