ながいゆめ

□三度目のキスの犯人
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いくら唇を擦っても切原くんとキスした事実は消されなくて、巻戻せるなら切原くんと会う前に戻したい…

「まお」
「は、はい!」

はっと気付くともう放課後で、隣では眉間に皺を寄せたブン太がいて、きょろきょろと周りを見渡すと教室にはわたしとブン太だけになっていた。

「お前さ、まだ朝のこと怒ってんの?」
「へ?」

朝?あっ…そうだった。ブン太のこと怒ってたのすっかり忘れてた…

「も、もう怒ってないよ」

うう、普通に出来ない…切原くんとのことが頭から離れなくて、ブン太にぎこちなく返事をしてしまった。

「俺の目、見て言えよ…」

肩を掴まれ、自分の方へ向かせようとするブン太に軽く抵抗した。無理だよ。今はブン太の目を見れない。ぎゅっと目を瞑り顔を背けると、ぐいっと顎を掴まれ、ブン太の方に顔を向かされる。真っ直ぐわたしを見つめるブン太に、罪悪感でいっぱいになるわたしの心。

「ん?まお、唇荒れてんな…」

唇を擦りすぎて荒れてしまったわたしの唇を、親指で撫でるブン太に肩が震えた。

「リップ塗り忘れて…」
「ふーん」
「…ブン太?」

ゆっくり近づくブン太の顔にどきっとして、はっとした。

「だ、だめー!」

咄嗟にブン太の顔を両手で思いっきり押し返してしまった。だって、今のこんな状態でブン太とキスなんて出来ない!

「まお、手ぇどけろい…」
「だめだめ!今はだめなの!」
「唇荒れてんの気にしねぇって」
「そうじゃなくて…っ」
「じゃあ、なんだよ。俺は今してぇの!」
「と、とにかく、だめー!」

はあっとため息をついて離れるブン太は、がしがし頭を掻いた。わたしだってブン太としたい…けど…

「もー知らねぇ…」
「あっ!ブン太!」

ブン太はラケットバッグを持って、スタスタと教室を出て行ってしまった。

「どうしよ…」

だって、切原くんの唇の感触がまだ残ってるのにブン太とキスなんて出来ない…ブン太、怒ったよね。折角ブン太からキスしてくれようとしたのに、わたし…ブン太に酷いことした。謝らなくちゃ。それで、切原くんとのことも言おう!ブン太の後を追って、わたしも急いで教室を出た。部活に行くはずだから、テニスコートの方に行ったら会えるはず。階段を勢いよく降り、廊下の角を曲がった。と、同時にどんっと誰かにぶつかってしまった。

「わっ!あっ、すみません!」

うった鼻を押さえながらその人物を見ると、そこにはびっくりした表情の切原くんがいた。

「き、切原くん!」
「まお先輩、なに急いでんスか?」

へらっと笑う切原くんにイラッとしてしまう。なんで普通にしていられるの?わたしがどんだけ悩んでると思ってるの!?

「ちょっと!切原くんが変なことするから、彼氏とぎくしゃくしちゃったじゃない!」
「いや、あれは…まお先輩があんな顔するからじゃないっスか」
「あんな顔ってなに?」

そう聞いたわたしに、切原くんの頬が少し赤くなった。

「…エロい顔」
「ちょっなに言ってんの!?ふ、普通の顔してた!」
「いーや、あれは誘ってた顔だな」

誘ってた顔って何!?ニヤリと笑う切原くんに不覚にもどきっとしてしまった。どきって何、どきって!わたしには、ブン太だけだから!

「エロい顔してるほうが悪いっスよー。俺、欲望に忠実なんで」
「だからしてないって!」
「ハハッ、まお先輩の顔真っ赤」

絶対からかってる!からかって楽しんでる!何よ、後輩なのに本当に生意気!

「その話はまた今度。俺、部活行くんで」
「あっそ、勝手に行った、ら…」

切原くんの肩にかかってるバッグって…ラケットバッグ…

「あの、切原くんって…テニス部なの?」
「そうっス!テニス部レギュラーっス!」

得意気に言う切原くんに青ざめるわたし。

「あの、わたしの彼氏…テニス部なの…」
「え!まじっスか!」
「しかもレギュラーだから多分知ってる…」

まずい、まず過ぎる…まさかこんなに身近だったとは…世間って狭い。

「やばいっスね…。てか、まお先輩の彼氏って誰?」
「ま、丸井ブン太…」
「えー!丸井先輩の彼女だったんスか!…なんか意外っスね」
「なにが?」
「だって、丸井先輩の彼女ってもっと…こう…」
「悪かったわねっ!普通で!」
「いや、可愛いっスよ。なんならまた慰めてあげましょーか?」

くつくつと喉で笑う切原くんは、口端を歪めた。そんな切原くんをキッと睨むと、わたしの視界に入ってきた赤。一気に血の気が引いて、額に汗が滲む。いつの間にか切原くんの後ろにはブン太がいて、眉間に皺を寄せて強い目でわたしたちを見る。

「誰が可愛いって?」

わたしと切原くんは聞き慣れたその声に固まる。

「また慰める…ってなに?」

びくりと肩が揺れる。さっきまで余裕こいてた切原くんも「えっと、あの…」と、しどろもどろになる。

「まお、こっち来い」

より強くなるその目が怖くて、動けない。全身でブン太が怒ってるのが分かる。立ちすくむわたしの前に、切原くんの広い背中が現れた。

「丸井先輩、まお先輩は悪くないっス!」
「き、きりはらくん…」
「悪いも悪くないも、そんなこと関係ねぇだろい」

ブン太は切原くんをよけ、わたしに近寄ると腕を引き部室とは反対方向に歩き始めた。強く掴まれた腕が痛いけど何も言えなくて、後ろを振り返れば、何とも言えない表情でわたしたちを見る切原くんがいた。


2013.07.06

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