ながいゆめ

□仲直りと無数のキスを
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乱暴にぐいぐいと引張られるがままに歩く。何も言わないブン太に、どくんどくんとわたしの心臓がうるさい。ブン太が怒ってる。どうしようということだけが頭の中をぐるぐると回って、謝ろうにも言い訳がましい言葉しか出てこないような気がして、黙ってブン太の後ろを少し小走りについて行く。廊下は静かで、外からは放課後の喧騒が聞こえる。しばらくして、急にぴたっと止まるブン太にわたしもそれに合わせて慌てて止まった。

「まお…」
「…な、なに?」
「…赤也に慰めてもらったって何?」

振り向いたブン太にびくっと肩が震える。ブン太の目は真っ直ぐとわたしを捉えていて、怒りを含んだ色に息をのんだ。視線が痛くて俯いてしまう。何も答えないわたしに痺れを切らしたのか、ブン太は少し声を荒らげて「慰めてもらったって何?」ともう一度わたしに問いかける。黙ってるだけじゃだめだって事は分かってる…けど、怖い。ブン太との関係がどうなってしまうのかが怖い。だけど、このままじゃ前に進まない。意を決して口を開いた。

「…わたし…切原くんと、キス…した」

掴まれたままだった腕に力を加えられ痛みを増し、自然と眉間に皺が寄る。

「い、いたいっ」
「は?…キスしたって、なに?」
「ぶ、んた…」

ブン太は「はぁ」と大きなため息をつくと、より強い目でわたしを見る。その目にわたしの体は揺れた。

「身なり急に変えたと思ったら…他の男誘ってんじゃねーよ」
「ちがっ!」

違う!ブン太に可愛いって思ってもらいたくて、キスしたいって思われたくて頑張っただけなのに!そう言いたいのに言葉が詰まって出てこない。

「お前、勘違いしてね?いくら頑張ったってちっとも可愛くねーのに、ちょっと他の男に優しくされたぐらいで何ちょーしのってんの?」

嘲笑を浮かべ、冷たい目でわたしを見るブン太に喉の奥がつんと痛くなる。

「はっ、どーせ泣いてまた慰めてもらうんだろい?次は仁王か?」
「ひど…ブン太のバカっ!」

涙が溢れた。一滴流れれば、次から次へとぽたぽたと流れていく。たしかにわたしが悪いけど、そこまで言うことないじゃない。わたしは、掴まれていた腕を思いっきり振り解いて、くるりと踵を返した。

「どこ行く気だよ」
「ぶ、ブン太のお望み通り、他の人に…慰めて、もらうんだから…」

こんなこと言ったけど全然そんな気なんてなくて、いつも意地悪されてるから意地悪仕返ししてやろうと思って出た言葉だ。少しの沈黙の後、ブン太が鼻で笑った。

「お前って本当に最悪」

わたしの背中にブン太の冷たい視線と棘のある言葉が刺さる。それに耐えきれなくて一歩前に踏み出した瞬間、腕を再び掴まれた。振り返れば、これでもかっていうぐらい眉間に皺を寄せたブン太がいた。

「ぶん、た…?」
「早く行けよ」

そう言うとするりと腕を撫でるようにブン太の手がわたしの手まで降りていき、指を絡ませられる。さっきまでの怒りを含んだ瞳には悲しみも含んでいるように見えた。「早く行け」という言葉とは裏腹に、絡められた指はぎゅっと握られ、ブン太から伝わる熱がわたしの脳までも沸騰させる。

「これじゃあ、行けないよ…」
「振りはらえばいいだろい」

こんなことされたら、振りはらえないこと知ってるくせに…わたしがブン太をどれだけ好きか知ってるくせに。

「ずるい…」
「ずるくてけっこう」

ぐいっと引き寄せられれば、すんなりとブン太の胸の中に包み込まれる。

「俺のこと好きなんだったら大人しくしとけよ」

ぎゅうっと抱き締められてブン太の甘い匂いでいっぱいになる。ブン太の胸からはどくどくと心臓の音が聞こえ、それがBGMのようで心地いい。名前を呼ばれ顔を上げると、相変わらず眉間に皺を寄せたブン太がわたしを見る。

「…他のやつに、キス…させてんじゃねぇよ…可愛いとか、言われてんじゃねぇ…」

少し苦しそうにそう呟くブン太がわたしをより強く抱き締める。返すようにわたしもブン太を強く抱き締めた。

「…ごめんなさい。ブン太、ごめんなさい」
「…許さねぇ。赤也の感触を忘れるまでキスしないと許さねぇから…」

抱き締められていた腕が緩み、噛み付くようなキスをされた。優しさのカケラもない乱暴なそれは、息苦しくだけど切なくて甘い。何度も何度も角度を変えて、その度に熱を増すそれに息が止まりそうで。

「んっ…」

ちゅっと下唇を吸われて離れるブン太の唇が熱い吐息で震えた。そしてまた、どちらからともなく唇が重なる。ブン太のキスは全てを忘れさせてくれるようなキスで、胸の中にあったもやもやとか全部消えてなくなっていく。

「まお…」

切なそうに眉を寄せわたしの名前を呼ぶブン太は愛しくて、わたしの胸はきゅんとする。

「この距離は俺だけのだから…他のやつ入らせんな」

わたしの唇にブン太の熱い息がかかり、ブン太の唇にもわたしの熱い息がかかる、この距離。「うん」と頷くと「分かったんだったらまだキスさせろい」と唇を寄せてきた。何度も何度も…数え切れないほどキスをした。


2013.07.15

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