金星

□月下の話
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「・・・私、私の顔がない・・・」


ポロリと何もない所から


「私は・・・独り・・・?」


ポツリと誰もいない所から











「本当だ。君、おめめがないね」


「!・・・ぇ?」


独り言のように呟いたはずの言葉に一つ返事を返す声。


「でも泣くんだね」


うっすらの暗闇から飛び出た四肢。
徐々に鮮明になっていく姿。


「あなた誰?」


「僕のことはどうでもいいんだよ。君は月子ちゃん?」


綺麗な赤い赤い目。
その下に濃くある隈が白い肌に目立っている。


・・・なんで私の名前を知っているの?
私は目の前の人物と出会ったこともなければ、見たこともないのに・・・。


「えぇ・・・私が月子よ」


「そうか!それならいいんだ」


何がいいのか分からない・・・。


「此処は聞いていたとおりの所だね。蝶がいっぱいだ」


ヒラヒラと舞う蝶。

名も分からぬ彼はその蝶の方へと指先を伸ばす。


「ホラ、寄ってきた」


伸ばされた指先にとまる蝶。
彼はそれの翅をそぅっと掴み、指先から離した。


「何をするの?」


「何だろうね?」




ブチッ ブチッ




「っ!?」


「翅が取れたらただの汚い虫だ」


うっすらと笑う彼。
蝶の翅をもぎ取った。もぎ取った後の蝶は地面へと落とされて、踏み潰された。


「っ酷い!」


「月子ちゃんは蝶だけがお友達だったからそんなにうろたえるんだね?可愛いね」


彼はもぎ取った蝶の翅を片手に乗せて顔の前に差し出すようにした。



フゥ―...



彼は翅に息を吹きかけた。


「・・・?」


彼の掌から浮き上がる光の粒子。
淡い青色のそれと共に四羽の蝶が宙へと舞い上がった。

蝶は彼を讃えるかのごとく彼の周りをヒラヒラと飛ぶ。


「生も死も在る位置は凄く近いんだよ?」


「あなたはいったい・・・?」


「知らなくてもいいんだよ」


蝶は湖面へと姿を映す。



ドチラが天でドチラが地でしたか?



「そうそう、僕の仕事。忘れてたなぁ」


「仕事?」


「うん、仕事」


彼はニコリと微笑む。
その笑みに脳の片隅に僅かに残っている亡くした愛しい人の面影を見た。


「君を迎えに来たんだ。還ろう?」


彼は私の前に手を差し出してきた。
私はその手を見つめる。


「?・・・大丈夫だよ。別に怖くもないから」


彼の笑みは・・・記憶に残っている彼に似たものがある・・・。

私は差し出された手に自分の手を重ねた。





「さぁ、還ろう。還り道は月光が照らしてくれるから」




月はまんまると満月だった。












end

 

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