日が落ち、急激に気温が下がると、 自分の体温の高さに気付く時がある。 部活を引退し、後は卒業を待つだけの日々。 中学最後の夏は後輩指導に力を入れたが、それももう終った。 テニスから離れて、毎日気が抜けたような、気怠いような気分で過ごした。 「………」 俺は薄暗い教室で一人、電気も付けずに頬杖を付いてぼうっとしていた。 課題をやろうにも、全く手に付かない。 恐らく無意識だろうペンを回す手だけが、静かに動いている。 「……花火かよ、季節外れだな」 遠くから花火を打ち上げる音が聴こえてきた。 どこで上げているのか、外はちらちらと色鮮やかな花火が散っている。 ゆるゆると視線を向け眺めていると、少し淋しい気持ちになってくる。 「なんだ、まだ残ってたのかよ」 「ーぁ、あ…」 突然ガラリと開け放たれた扉を見ると、見慣れた不敵な笑い顔。 どくり、と一度心臓が軋んだ。 俺はすぐに前に向き直り、再び頬杖を付いてくるくるとペンを回した。 「居残りかぁ?」 「……まぁな」 そうかと興味がないかのように一言零し、偉そうに腕を組んで歩み寄ってきた。 俺は相も変わらず顔を背けて、忙しく手を動かしている。 冷や汗なのか、背筋が一気に冷たくなる。 どくどくと心臓が煩かった。 耳まで熱くなってきた気がする。 「ー…何か用事があったんじゃねぇのか」 「あん?」 からからな喉をなんとか震わせて話し掛けた。 すぐ近くで気配を感じ、こくりと息を呑む。 高そうな、でも品の良い甘い香水の香りが鼻を掠める。 嗅ぎ慣れたはずのそれに、落ち着かない気分になった。 「忘れ物取りに来たついでに、監督に挨拶してきた」 「……………」 そう言って外を見やった顔が少し淋しそうに見えたのは、俺の気のせいなんかじゃない。 ふと見せた表情に、俺はなぜか軽い焦燥感を抱いた。 「花火か…こんな時期に珍しいな、見納めか?」 「ー…………、」 何発もの花火が空に舞い、教室を明るく照らした。 かたりと隣の机に凭れた音がして、一層強い甘い香りが鼻をつく。 どくどくと脈打つ心臓が煩かった。 「ー…………、」 「ー…………、」 何発もの花火が打ち上げられ、静かすぎる教室をぱらぱらと散りゆく音が支配していた。 なぜ隣にいるのか。なぜここにい続けるのか。 ー今、何を思っているのか。 俺は顔を背けたまま考えを打ち消すかのようにペンを回し続けていた。 「ーぁ、っと」 「…何やってんだよ」 「 悪ぃ、」 手を滑り落ちてペンが床に転がる。 カラカラと音を立て落ちたそれは、白く長い指によって拾われた。 ほらよとやはり偉そうな口調で差し出されたそれを、俺は視線を泳がせながら手を伸ばし受け取る。 「、……?、」 「………」 すんなり受け取るはずだった。 受け取って、また椅子に座って、自分を誤魔化し続けるはずだった。 握りあったペンから伝わってこなければ。 温かなそれに触れ、碧い双眸を見なければ。 「ーっ!」 ガタリと机にぶつかりながら白い腕を引き寄せ、小さな形の良い唇に自分のを押しつける。 温かなそれは、薄いけれども柔らかかった。 「最後の一発か?」 一際大きな花火が空に散り、その音ではっとした。 腕の中に感じてた温もりがないことに気づき窓際に目をやると、 最後の花火が散りゆく姿を、きれいに微笑み見つめる横顔があった。 手には温もりの代わりに堅い感触。 「夏も、終わりだな…」 「ー………、」 淋しげな、でも真っ直ぐな瞳。 背筋を伸ばし凛と立つ姿は、強そうで、儚い。 もうすぐ夏が終わる。 夏が終わればこの熱は、 どこへ向かえばいいのだろう? END. 2008.4.7 |