6時を回る頃には既に辺りは薄暗く、擦れ違う人々は寒さを凌ぎながら足早に帰路に着く。 金曜だからだろうか、心なしか皆足取りが軽い様に見える。 そして公園で一人千石を待つ跡部も、久々に恋人と過ごす週末に心浮かれていた。 お互いに忙しい身。電話やメールはしても、直接逢うのは数ヶ月ぶり。 早く逢いたい、声が聞きたい、そう逸る気持ちを代弁する様に忙しく流れ行く人波が跡部の気持ちを更に高ぶらせていた。 「ーごめん跡部くん!待った?」 その人波を掻き分け、弾んだ息遣いと共に跡部の前に現れた千石。 乱れたオレンジ色の髪と不規則に吐き出される白い息が急いで来たであろう事を物語っている。 そんな千石に跡部は思わず口許を緩め、笑みを浮かべた。 「10分の遅刻だ。俺様への愛が足りない証拠だな」 「メンゴメンゴ!」 息を整えながら嬉しさを全面に出して謝る千石にバーカと一言。 無意識なのだろうか、悪態を吐いても顔が綻んでいては説得力の欠片もない。 そんな跡部を内心で可愛いと思う千石を察知したのか、跡部は早く行くぞと歩き出した。 その時、不意に跡部からふわりと香る甘い匂いが千石の鼻をつく。 「跡部くん、もしかして飴舐めてる?」 「あ? あぁ、風邪対策とかってジローが寄越したヤツな。なんだ、お前も欲しいのか?」 「や、そういう訳じゃないんだけど、」 「ほらよ、好きなの選べ」 跡部は足を止め、ポケットから幾つかの飴を取り出し、差し出した。 それに一瞬戸惑いの表情を浮かべた千石だったが、跡部の勧めというのもあり、それに笑顔で返す。 「…じゃあさ、レモン味ってある?」 跡部の口から匂ったものをなんとなく要望してみる。 千石に湧いた、ちょっとした悪戯心。 「レモン、はねえな。他のにしろ」 掌に載っているので全部らしいが、その中からレモン味の飴だけは見つからない。 つまりは跡部が舐めているもので最後だと言うこと。 他の飴では駄目かと聞いてくる跡部に、千石は微笑みかけた。 「んーでもレモンじゃなきゃイヤなんだよね」 「でもねえだろうが、諦めろ」 念の為にポケットの中を探ってみるが、やはりない。 どうすんだよと急かす跡部に千石は一歩近付く。 「あるじゃん」 「あん?どこにあんだよ?」 「ここ」 「ーん!?…んんっ!!」 自分の掌を見返す跡部に千石はくすりと笑うと、顎を掴んで上を向かせ、口付けた。 舌を挿し込んで飴を追いかけると、跡部の咥内で飴が転がる。 千石は巧く舌を使い、跡部の咥内から飴を取り出した。 「跡部くんの口の中、甘いね」 「〜〜…っ……!」 「やーキスって本当にレモンの味がするんだねぇ」 そう言ってぺろりと唇を舐める千石の表情は、どこか満足気で嬉しそう。 誰も見てないからダイジョブだよとからから笑う千石に対して、跡部は口許を手で覆い、肩を震わせながら赤面していた。 「俺の愛、感じてくれた?」 口の中が甘かったのも、キスがレモン味だったのも飴のせいだと。 陽は落ち、人気のない公園とは言え、一本道を挟めば人の波だと言うのにキスするなんてと、千石への文句はいくらでも出てくるはずなのに。 千石が幸せそうに笑って、愛してるよと伝えてくるから。 千石の優しい笑顔と甘いキスに酔わされて、それが幸せだと感じてしまったから。 何も言い返す事が出来なくて、恥ずかしさで顔を真っ赤に染めながら、跡部はバーカと一言、呟いた。 fin. →あとがき |