太陽

□胡蝶之夢
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 目が覚めると僕は人間で、自分の部屋で寝ていた。夢、なのだろうか。本当に。彼が言ったことを思い出して不安になる。
夢なのは、あの世界あっちこの世界こっちか。
いや、それとも――――


外に出ると、雨が降っていた。でも小降りだし空が明るいから、きっとすぐに晴れるのだろう。傘は差さずに泥水を跳ね上げて、彼の家に走った。
応えを待つのももどかしく、声をかけるとそのまま上がりこむ。いささかの罪悪感を覚えながら廊下をつっきり、勢いよく部屋の戸をあけると、彼はやはり本を読んでいた。


「なるほど。君も奇っ怪な夢をみるなぁ」
 
 一部始終を話したあと、彼の最初の感想がそれだった。
「夢、だよな・・・?」
「夢だよ。少なくとも、今ここにいる僕らにとってはね。しかし、君にしてはそれなりに論理的な考えだ」
「お前が言ったんだろ」
「だから、僕というイメージを介した君だろう?」
「あれは絶対君だって」
「君なんかの夢に入っていくほど暇じゃない。つまらなそうだし」
「馬鹿にされた気がする」
「馬鹿にしたんだよ」
「・・・なあ、瓶野」
「なんだい」
「僕は、たとえ夢だったとしても、君が言わなかったもうひとつの可能性が気になるんだよ。だから来たんだ」
 彼にはそれだけで伝わったらしい。その瞬間、彼が驚くという非常に珍しいものを見ることができた。
「知るもんか。君の夢だからね。四つ目なんて今さら考えたところで意味がない」
「そう、なのか・・・?」
 どうしてだろう。ごまかされたような気がした。彼がそんな事をするはずはないのに。
「そうだ。意味なんて、ない」
 彼がそう言うのなら、きっとそれは正しい。それだけは、根拠なんて無くてもちゃんと信じられる。大丈夫。彼は、判断を間違うことはあっても、判定を間違うことはない。選手より審判に向いているような人間だ。それでも、否定したはずの可能性が、怖いのはなぜだろう。
僕が恐れている四つ目の可能性、それは――――


全部が夢だったら。
どちらの世界もあっちもこっちも、夢だったら。
僕たちは、どこへ帰ればいいのだろう・・・・・・?
 
 
 彼は立ち上がると、縁側に向かってゆっくりと歩いた。僕が望む、『答え』を喋りながら。
「まだ納得できないのかい? 大体、人でも動物でもなかったら何だというんだ。植物だとでも? だから意味がないんだよ。あ、植物は夢を見ないという根拠はないな・・・いやでも脳はないから・・・・・・。まあ、それは置いておいて。そもそも夢というのは所詮、見る人間の脳を超えることはないからね」
 端まで歩いて立ち止まる。
「さて、この世界をどう思う?」
 そして、スパンッ と勢いよく障子を開け放った。
 
光の洪水が部屋の中になだれこんでくる

美しく咲き乱れる花の、赤橙黄
しっとりと濡れた芝の、緑
雨上がりの澄んだ空の、青
そして舞い上がる蝶の、藍紫
 
 綺麗、だ。
 他に言葉が見つからないくらいに。

 こんな世界を創る事は、僕にはできない。
いや、誰にだって。偉そうな視線で「異論はあるか」と聞いてくるこの天才にだって、
 
 
 
 
 
 
 
き っ と 不 可 能 に 違 い な い
 
 
 
 

 
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