太陽

□今、此処に在るということ
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「君は、ここにいるのかい?」



 彼は突然そんなことを話し始めた。
ここは放課後の図書室。毎日のようにここに通っているらしい熱心な読書家の彼と、その彼に面白い本を教えてもらおうとついてきた僕のほかにはカウンターに司書の先生がいるだけだ。
紙の匂いに満たされた、音と言えばページを繰る音だけという、つまりとてつもなく静まりかえったこの場所で、ただ二人で本を読んでいた。そこに、何の前振りもなくそんなセリフが飛び出したのである。意味がわからない。が、そんなことがたいして珍しくもなかったりするのだ。
彼には、突拍子もないことを突然言い出して相手の都合など全く考えずに気が済むまで勝手に語る、という妙な癖があった。クラス替えで出会ったばかりのころは驚いたが、今はもう慣れてしまって、次は何を言い始めるのかと楽しみにしていたりする。
今日は大方、今読んでいる本にでも影響されたのだろう。そう思って彼の手にある本を見ると背表紙には『世界の秘境 〜神秘の世界〜』。……違うみたいだ。
彼は広すぎる視野を持っている。所謂、天才という奴だ。何もかも見えてしまっているらしい。まったく、彼の目にはこの世界はどんなふうに映っているのだろう。彼の考えに理解を示す人間をいまだに一人も見たことがない。彼と同じ景色を見ることができる人間はいないのだ。少なくとも僕の知る限りは。さびしく、なったりしないのだろうか。
まぁ、それは置いといて、続きを聞こう。早く何がしかの反応を示さないと非常に興味深いはずの続きを聞く機会を永遠に失ってしまう。
対応を間違えるとすぐ黙ってしまう気まぐれな彼を喋らせるにはコツがいる。その術(すべ)は、この数ヶ月で学んだ。


「何を言っているんだ?見ればわかるだろう」
「そうじゃない。ずっとこの世界にいたのか、だ」
「一緒にいたんだから知ってるだろ?」
「そう、君と僕は、ホームルームのあと掃除をして先生に報告し、図書館にきた。確かな記憶がある。じゃぁ、もっとずっと前は?五、六歳の頃とか」
「六歳の時、母方の祖父が死んだ。前にも話したよ」
「あぁ、聞いた。だが何故そう言える?記憶があるからか?」
「当たり前だ」
「なら君の記憶に穴があいている場合、その時君は存在しなかったのか」
「小さなことは忘れちゃうだろ」
「いや、過去の存在が記憶で証明され、君が一秒もこの世界から消滅していないのなら、君の記憶は物心ついてからずっと、一日も漏らさずに続いていることになる」

 イラつくほど論理的な彼の思考は嫌いじゃない。

「生まれてからずっと、僕はこの世界にいたよ。何年遡っても同じだ。それとも僕が、異世界からワープしてきたとでも?」
「近いな」
「ありえないよ。そんなこと」
「だから、どうしてそう言い切れる?その記憶が後から作られたのではないという証拠はあるかい?六歳の時に亡くなったというお祖父さん、彼は本当に実在したのか?」
「いなかったら、今僕も存在しないだろ」
「そんなことはないさ。別の可能性を辿って生まれてきただけだ。いや、それ以前に僕たちが、ついさっきそれまでの記憶をもって生まれてきたのだとしたら?」
「そんなことがある訳ない!」

 あぁ、まただ。毎回、途中までは上手くいくのに、たたみかけられると感情的になってしまう。

「今の君には判断できないはずなんだよ。仮想と本物の過去の区別は自分では絶対につけられないのだから。君が君である可能性と、君が君でない可能性は同じだけある。」
「そんな、そんなこと――――」


 とてつもない不安感に襲われた。もう、目の前で喋っているのが誰なのかさえわからない。景色が歪む。吐き気がした。頭が痛い。
 何分くらいそうしていただろう。何時間にも感じられたし、実際は数十秒だったのかもしれない。僕は、腹を抱えて笑い転げる彼の声で我に帰った。

「ぷっ・・・ハハハハハ!ゴメン!こんなに効くなんて思わなかったんだ!」

 笑いすぎで痙攣さえおこしそうな彼を見ているとだんだん状況が分かってきて、無性に腹が立つ。

「僕をからかったのか!?」

彼は笑うのをやめた。

「真実だよ」

 そういって微かに笑みを刷いた彼は、少しだけ、哀しそうに見えた。

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