太陽

□追憶
1ページ/1ページ


「キヨシ!」

 モノクロの街
 急ぎ足で行き交う人々
 雑踏の中に見つけた、懐かしい面影

 五年前から止まっていた時間が動き始めた。



「俺、イッキっていうんだ。お前は?」
「キヨシ」
 キヨシと出会ったのは、五年前。高校の入学式の時だ。クラスごとの名前順に並ばされた俺の隣がイッキだった。俺が小泉、キヨシが斎藤。俺が最初に声をかけたのはキヨシで、キヨシに最初に声をかけたのは俺。
 入学当初というのは教室での席も名前順で、授業中のペアワークもまたしかり。加えて部活も同じとなれば、必然的に一緒にいる時間は長い。

「頼む!数学の宿題写させてくれ!」
「またやって来なかったの?ホラ」
「愛してるぜキヨシ!」
「奇遇だね。僕もだよ」

 友情のつもりで言っていたコトバ。なんてことはないじゃれあい。ありがとうと同義の。それが本気に変わったのはいつからだったか。

 あの気持ちをなんて呼ぼう。親友なんて単語があてはまる関係ではなかった。だが、同性である以上恋と呼べはしないのだろう。ただ、たがいが愛しくて、大切で、互いにとって必要な存在だった。いつも一緒にいた。それこそ御神酒徳利のように。閉じ込めて自分だけのモノにしたかった。でも、自由でいてほしかった。昏い衝動と温かな想い。相反する感情を抱えながら互いを求める、それはある種の狂気だったのかもしれない。そうでなければ迎えなかっただろう。あんな結末――――

 今、傍にいられるだけで満足だった俺たちは、いつのまにか将来のことを考えるようになった。学生の間はいい。時間もある程度自由になるし、進路が違っても一緒にいられる。その先だ。俺たちはこの関係性が変わるなんて微塵も思っちゃいなかった。だが、「ずっと一緒にいられる」なんて幻想にすぎないということはわかっていたんだ。その時、耐えられないほどの苦痛が互いを襲うだろうことも。今だって、いつ親や教師、友人たちにバレるかとビクビクしていた。自分たちを恥じていたわけじゃない。それだけは違うと言い切れる。ただ、現在いまが壊れるのが怖かった。
 どこかで必ず道は別れる。だから、その前に――――

 ある冬の日、学校の屋上で睡眠薬を飲んだ。二人で、一錠ずつ交互に飲ませ合った。死んでも離れないように、指を絡めた手を制服のネクタイで縛って。小雪がちらつき始めたころ、俺たちは同時に意識を手放した。
 発見したのは隣のクラスの教師だったという。
 病院で目覚めたとき、隣にキヨシの姿はなく、左手首にはネクタイの切れ端が引っ掛かっていた。親も教師も口をそろえてキヨシは死んだと語った。その日から、世界は色を失った。



「キヨシ!キヨシ!!」
 声を張り上げても振り向かない。聞こえていないのか?それとも、人違い・いや、俺がキヨシを見間違えるなんてことがあるはずない。人混みを掻き分けて走る。ぶつかったサラリーマンが迷惑そうな顔をするのを視界の端にとらえた。追いついて正面にまわると、そいつは目を見開いて、聞き取れるかどうかという声で呟いた。

「イッキ・・・・・・?」

 あぁ、キヨシだ。
 生きてた。
 ギュッと抱きしめた。
 涙が溢れてくる。
 周囲の視線なんて気にならない。
 キヨシもずっと俺にしがみついて泣いていた。
 
 キヨシは俺が死んだと聞かされていたらしい。事件の後、遠い学校に転校していたと言っていた。大人たちの吐いた嘘に、不思議と怒りは湧かなかった。正しい判断だと思う。ただ、再び俺達を巡り逢わせた偶然に感謝する。
 あの雪の日にキヨシが言った言葉、ずっと胸に抱いてきた言霊はもう必要ない。願いが叶えばもう支えは要らないのだ。





『何度生まれ変わっても、たとえ現世いまの記憶を失っても、お前だけは探し出して見せるから。だから、待ってろ』





『探し出すのがおせーんだよ。時間かけすぎだ バーカ』
声に出さない言葉と一緒に、お守り思い出を空に投げる。
五年ぶりに見る大空は、突き抜けるような蒼に輝いていた。








.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ