小説

□たなばたさま
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昔、地上に、一人の貧しい牛飼いがおりました。財産と言えば、年老いた牛が一頭だけ…

「ジュカイン。」
「何だ、オオスバメ。」
「ほら、今度の分の織物。」
「ああ…いつも済まないな。」
「面倒見て貰ってるんだから、この位当然だよ。」

…訂正します。
彼は牛飼いですが、今は牛を飼っていませんでした。代わりに、罠に掛かっていた所を助けた一羽の燕と共に住んでいました。そして、燕が自分の羽を原料に織ってくれる布を町で売りつつ、その日その日を暮らしていました。


天上には、7人の天女がおりました。7人共に機織りが大変に上手で、毎日美しい雲を織っていました。中でも織姫の織るものは殊更見事…いえ、個性的なものでした。

「…バ、バシャーモ、これは…。」
「ええと、その…ごめんなさいアゲハント、無謀だったわ。」
(普通に織れば上手なのになあ…。)



さて、ある日の事です。
7人の天女達が、下界へ水浴びに降りてきました。彼女達は岩へ羽衣を引っ掛けて、楽しそうに戯れ始めます。

びゅうっ

その時一際強い風が吹いて、織姫の羽衣が風に拐われてしまいました。しかし、水浴びに夢中の天女達は気付きません。羽衣は風に煽られて、とうとう見えなくなってしまいました。


牛飼いは町で布を売った後、家への道を一人歩いていました。

「…何だ?」

ふと何の気なしに空を見上げた時、視界の端に何かが映りました。足を止めてよくよく目を凝らすと、着物がひらひらと風に飛ばされて行くのが見えます。牛飼いは、後を追って駆け出しました。

着物は、間もなく一本の木の梢に引っ掛かりました。木登りが得意な牛飼いは、ひょいひょいと枝を渡ってその着物を手に取り…そして大層驚きました。

「!…これは…。」

それは、素晴らしく軽い布で出来た美しい衣でした。

(きっと、噂に聞く天女の羽衣に違いない。)

牛飼いは思いました。

(それなら、この衣の持ち主の天女は、今頃困っているだろうな。)

羽衣を抱えて木から跳び降りると、牛飼いは衣が飛んできた方へと歩き始めました。


どの位歩いたでしょうか。牛飼いは、小さな泉へ辿り着きました。泉では、7人の天女達がまだ楽しそうに遊んでいます。
牛飼いが姿を見せると、天女達は驚いて、各々の羽衣を手に取るとあっと言う間に鳥になって飛んで行ってしまいました。しかし、織姫だけは、羽衣が無かったので飛ぶ事ができませんでした。
牛飼いは、ゆっくりと織姫に近付きました。

「…この羽衣は、貴女のものか。」

織姫が頷きます。

「ええ、確かに私のだわ。その衣が無いと天上へ帰れないの。返して欲しいわ…何がお望み?」

織姫の言葉に、牛飼いは不思議そうな顔をします。そして、黙って羽衣を差し出しました。

「見返りなど求めていない。俺は偶々、飛んできたこの衣を拾っただけだ。」

牛飼いは織姫に衣を渡すと、すぐに踵を返して立ち去ってしまいました。織姫も暫く牛飼いの後ろ姿を目で追っていましたが、やがて羽衣に身を包むと、天へと帰って行ったのでした。



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