新小説軍

□嘲笑いて其処に在りしは
1ページ/1ページ



それは、シチロージが目覚めてから
幾日目だっただろうか……。
彼は初めて涙を流した。
声を殺し、息を潜め、肩を震わせ、堪えようとしたが叶わず…、寝具を濡らす。

もう泣かずには居られなかった。

色街で賑わいをみせる料亭[蛍屋]の女将ユキノについ数日前に拾われた自分。
時を聞いてみれば、自分が知るとこれから5年も過ぎているとわかった。
その時の衝撃たるや、言葉では言い表せないものであり、シチロージは暫く口を開く事さえ出来なくなった程である。

そして大戦も終わっていた。

瞬間頭を支配したのは、主の事。
あの方は生きているだろうか。
生きているなれば何処に。
死してしまったのであれば何故に。

だがそれ以上は頭が働かなくなり、否、頭が働きたくないと考えを放棄した為に蔑ろのままになって今に至る。

この数日間、寝たきりではあったが外の世界を鑑みる事は出来た。
他の部屋から聞こえる明るい声。
商人という言葉をよく聞くようになり……サムライの時代が終わった事を確信した。
昔から終わるとは思っていたが、こうもあっさりとたった5年で変わってしまうなどシチロージは思いもしなかった。

喪失感が身体から力を奪う。
それでも、堪えていた。
ずっと堪えていた。
泣くまいと。
強くありたい侍の性か…空に似ている色をした瞳が歪む事がないように。
気丈に振る舞ってきた。

が、其の牙城も崩れる。
溢れてしまって、許容量を流れてしまって気付いたら頬を雫が撫でていた。


「……っ…!!」


熱い。
身体が…何かに締め付けられるように
強張って動く事が出来なかった。

無いはずの腕が痛みを訴える。
それを感じてまた辛くなった。
証さえもなくなってしまったのだ。
主と共に空を駆けていた証。
奪われた左腕。
重ねた六花は落とされた。


自分の不甲斐なさに嫌気が差す。
まるで女のようだ。
唯一の繋がりを絶たれてうなだれるそれと自分に大差はあるまい、とシチロージは思う。

全ての有限は尽きるもの。
涙とてまた然り。
一頻り流せば、涸渇した。

「…っは、」

其の後には嗤いが込み上げてくる。
嘲笑うしかない。
自分も。
世界も。
苦しさ紛れなのはわかっていたが
それでもシチロージは嗤う。



「…生きて、見せましょう。」



主はそれを尊んだ。
ならば、一番傍に居た自分はそれを遵守すべきであろう。
さんざ嗤った後でシチロージは意志を固めた。生きる決意をした。
はじめから死のうとなど思っていない。
だが、言葉にすれば確実なものとなる。
決して違えないと誓った。

「カンベエ様…。」

久しく名を呟けば、また主の顔を思い出した。
だが、もう涙も嗤いも出ない。

其の先に在るものを見つけたから。





 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ