新小説軍

□だめな人
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「作業中にすまんな、一つ訊ねるがシチロージは此処に居るか?」

カンナ村を丸ごと要塞にしようという、壮大な計画の作業中。
突然カンベエがヘイハチを訪ねてきた。
一体何か重要な事かと思い、作業の手を止めて少しばかり気を引き締めて相手と対峙すれば、聞かれたのは古女房の居所であった。
一瞬、キョトンと固まってしまうヘイハチだったが持ち前の恵比寿顔で誤魔化し

「シチさんですか?ん〜来てませんねぇ…ゴロベエ殿の所では?」
「む、そうか。」

カンベエは顎髭をさすり、思案したあと[作業の手を止めてすまなかった。続けてくれ]と言葉を残して背を向けた。
その様子を見ていたのはヘイハチだけではない。
丁度、見回りのカツシロウも目撃していた。

「先生はシチロージ殿の事を余程信頼されているのですね。」
「カツシロウ君。」

傍に居たカツシロウにも少し驚いたが、ヘイハチが驚いたのは、彼の目にはそういう風に見えている事であった。

「なる程、君にはそういう風に見えてるわけですか…」
「他に何かありますか?」
「私の目には違うように映ってますよ」

信頼と言うよりは依存に近いよなぁ。とヘイハチは心の中で言った。
カンベエが何かにつけてシチロージ、シチロージ、シチと呼ぶのに気付いて居るのだ。

「ヘイさん。」

名前を呼ばれて振り返ると其処には、今し方去った者が探していた古女房。

「シチさん!あちゃー入れ違いになっちゃいましたか。」
「どうしたんですかい?」
「今、先生がシチロージ殿を探していたのです。それで此処には居ないとわかりゴロベエ殿の所へ行かれました。」

それを聞いてシチロージは目を丸くする。
ヘイハチも自分が適当な事を言ったせいで手間がかかってしまう事に申し訳なくなり謝罪した。

「すみません。適当な事を言いました」
「いーぇ。良いでげすよ。」

もしかしたら重要な事を話し合いたかったのではないか?とカツシロウは考え、シチロージの軽い態度に戸惑う。
しかし、彼は何もかもわかったように

「急いでいらっしゃらなかったのだろう?なれば心配ご無用さね。」

確かにカンベエに急いでいる節はなかった。
寧ろ急いでいればカンベエ自身が動き回る筈もないのだ。
もっと効率の良い見つけ方を心得ているのだから。

「流石は古女房、ですね。しかし…」

別に彼等の関係がどうであろうと自分に何かあるわけでもなし、気にも留めないのだが、どうにもヘイハチには一つ思う事があった。

「カンベエ殿とは存外、だめなお方なのかもしれませんねぇ。」
「お、よくおわかりで。」

旦那を悪く言われたのに古女房が怒らないのは長年連れ添ってきたからか、それともヘイハチが確実に冗談で言っているとわかっているからか…多分どちらもであろうが、シチロージは楽しそうにしている。

別段、シチロージがカンベエを尻に敷いているわけでもないが、カンベエにはシチロージが居ないとダメらしい。
仕事は出来る。
腕も立つ。
それでも、だめなお方だなぁ。
カンベエに妙な親近感を持ってしまう。彼もまた人の子なのだなぁ、と感じた。

勿論、それを聞いた冗談の通じないカツシロウに

「それは一体どういう事ですか!」

と言及されたが、二人ともサラリとかわしてしまうのは手慣れていた。






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