新小説軍

□居残り
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「後は頼んだぞ。」


至極当たり前に、誤れば軽くさえ聞こえる言葉にシチロージは心の中で[やはり]
と思う。
重たそうな髪を揺らし去っていく姿は、
とてつもない速さで小さくなっている気がするのに、何故か矛盾して遅く思う。

いつまで見ていても事実は変わらない。だから視線を切ると、自分を残した人を追うように走る娘が一人。

あぁ、素直で良い事だな、と自然に心が呟いた。
決して最後まで付いていけるわけでは無い。多分、村の端で止まるとわかっていても、其処まで追えるのがシチロージには羨ましくもあった。

「行かれたのですか、カンベエ殿は」
「あの方にはまだ後がありますからね」
「で、古女房殿は留守を守る、と。」

不意に後ろから声をかけられて、驚くものの飄々とシチロージは言ってのけた。

弱い自分など見られたくないと思うのはやはり、自分が弱いからだろうか。

ヘイハチはそんなシチロージの内面を
知ってか否か、おどけた調子で返す。
勿論冗談だった。
ヘイハチの言葉を聞くとシチロージは柳眉を少し歪ませて、憂いある表情をする。

「留守なんて大層なものじゃない、ただの置いてけぼり。居残りさ。」

本当ならば共に行きたかった。
主が何をするつもりかわからない古女房でもない。
しかし…だからこそ、自分が此処に残ることも前々からわかっていた。
あの方が村の再建を考えていないわけがないのだから。
そしてそれを任せられるのは自分しかいないと自負していた。

その通りになったのだ。
だからこそ悲しく思うのは傲慢な事。
わかっていても考えてしまう。

「おや、古女房殿はそれが御不満な御様子。」
「えぇ、大いに不満ですよ。」

遠く、主が消えた方角を見据えながら
シチロージは吐き捨てた。
睨むとまではいかないが少しばかり
目つきが鋭い。
呆れているようで、少し不機嫌な様子。

「村の仕事が嫌なわけじゃ決してない。
再建は大切さ。」
「大切だから貴方に任せたのでは?」
「でしょうな。」

そこもわかる。
だが

「でも任されたら、追えないでしょう。」

本当は追いたい自分が在る。
久しく逢ったので、というわけではない。
昔から、最期まで共に…と言いながら
其れを許さないような「任せる」という行為が
シチロージはあまり好きではなかった。
が、主に「お前しかいない」と言われては受けないわけにもいかない。

「その事、カンベエ殿に言ったことあります?」
「昔は、ね。餓鬼だったんだ。」

今はそんな事言えるはずもなく

「今思うは、自由な奴は羨ましいって事かね。」

何にも縛られず、己が思うように
生きられる事は実に羨ましい。
そんな自分と同じ髪色をした一人の侍を
思い出し、どうせもう出立しただろうと考える。
続いて、若い侍と機械の侍も
残された事に憤り、何かの理由を見つけ
主の後を追うのだろうな、と思うと
心が羨ましいと訴えた。
それを抑えつけながら、此方は作業をしていかなければ。

「こっちの気も知らないで、ってとこですか。」
「本当に。皆々様ご機嫌ですよ。」

嘆息し、話しすぎたとシチロージはカンベエと違う方向へ歩き出す。
例え、身体の向かう所は異なろうとも
心の向かう所は同じである、と思うのが
主も共であれば良し、と思いながら。
一体何処から村の再建に着手すべきか
それを考え始めていた。





 

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