新小説軍

□還る
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全てが終わった。

都を落とした。
仲間が死んだ。
それでも自分達はまた生き残った。



冬が過ぎ、春が来て、新芽彩る季節。
シチロージは小高いその場所から田植えをする農民を見ていた。
都を落とした戦の折りに負った傷も癒え、そろそろこの村を去らねばならない。

戦終われば 侍は穀潰し。

この村に侍は最早無用なのだ。

数日前、シチロージと同じように生き残った若い侍は出立している。
主の刀を譲り受けて…。
再び己が立てる戦場を探していくのだろう。


「カンベエ様。」


そよ吹く風の中、シチロージは佇む主に声をかけた。
刀を持っていないカンベエは、いつもと
同じように白の外套を風に遊ばれているのに、一品ないだけで物足りなさを感じた。

「どうした、シチ。」
「そろそろ…時かと思いまして。」

何の時とは言わなかったが、それだけで通じるのがこの二人である。
カンベエは言葉だけ聞き決してシチロージに視線をくれてやることはない。
シチロージもまたカンベエを見ることなく作業を続ける農民を見た。
其処に主が居る事実だけあれば、視線など関係ない。

言葉に返事もしないので、シチロージは続ける。

「カンベエ様は如何なさるので?」

答えなどわかっているが、敢えて聞く。

「この生き方以外は出来まい…。」

やはり、この方も戦場から離れる事など出来ないのだな
そう心で呟けば、ふとカンベエの視線が自分に向いている事に気付く。
かち合った視線。

一点を見つめる真剣な其れに
淡い期待を抱いていないと言えば嘘になる。
もしかしたら、自分の欲しい言葉を言ってくれるのでは、と。

「お主は蛍屋へ帰れ、シチロージ。」

期待があまりにも当たり前に崩され、
カンベエの言葉が自分の本当に予想していたものと同じで
シチロージは苦笑した。
いつになっても、カンベエの優しさは彼を痛めつける。

そういえば、大戦時代にも同じような問答をしたな。
紅い空での出来事を思い出して、シチロージはカンベエを見据えた。

 どうせこの後の、私の答えを知っているだろうに

シチロージの心は決まっていた。
それは随分昔の事。
カンベエと再会した時から絶対にそうしようと思っていた事。

もしも、この戦で三度自分と主が生き残るものならば

「私は貴方様と共に生きます。」

決して、もうこの方の傍を離れはしない。

真剣な顔つきで言えば、カンベエは昔のように
何かを諭そうと、理由を述べてきたかもしれない、が。
今シチロージは笑っていた。

その笑みは大戦時代になかなか見られなかったもの。
大戦が終わり10年が経ち、いや目覚め7年が経ち
彼が変わった証拠でもある。
頑固さは変わらないであろうに、強くなっていた。

あまりにも美しく笑うシチロージに
カンベエは二の句が継げない。

「いくらつっぱねられても、ついて行きますよ。カンベエ様。」
「…お主、強かになったな…。」
「さぁて、どなたか様のおかげでしょうか。」

笑みに絆されるようにカンベエは嘆息した。
苦笑う主の顔が実は少しばかり嬉しそうに見えるのは
気のせいであろうか…。
そんな事も考えながらシチロージは言葉にする。

「私の還る場所は 貴方様の隣です。」

春の風が二人の間を駆ける。





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