新小説軍

□約違えようとも
1ページ/2ページ

もう戦も長くは続くまい。


そう言った主の言葉はまさにその通りだろうと
シチロージは得心した。
見つめる空の先では爆撃が繰り返されているのだろうか。
此処からは何も見えず、平和なものだが
だからといって全ての空がそうとは限らない。
さようで御座いますね。と返して、
それきりカンベエは言葉を放たなかった。

戦が終わってしまったどうなるのだろうか。

刀を、槍を振るうしか
人を、機械を斬るしか能の無い自分。
果たして……




「戦線を離れるか、シチロージ。」
「は?」



唐突に放たれた言葉は理解しがたいものだった。
考え事も綺麗に空の彼方へ飛ばされて
何を考えていたのかも忘れてしまう。
其れより何より、なんと答えるべきかわからず
思わず口から出た言葉はおおよそ上司にかけるそれではない。
シチロージはしまった、と思うが当の本人は気にしていないのか
見つめる先に変わりはない。
まるで答えなどもう出ているように。
考えてみれば先程の台詞も、問う、聞くと言うよりは
決定された事柄のように聞こえた。

「何を仰いますかカンベエさ」
「互いに戦力も後僅か。その上此方の状況は不利。
足掻こうとも、負けは必至。」

シチロージの言葉を遮り、聞かれたら軍法会議に
かけられてしまうような言葉をいとも簡単に吐く。

「生きられる保証など何処にもない。」

死を尊ぶ事のない主の言葉は前々から
シチロージによく染み込んでいた。
いつもどんなに罵られようとも生を第一とし
策を立てる上でも最優先させるカンベエを
尊敬していた。
逃げる事も時には必要。
無駄死になどするものではない。
教えられた事。

「今なれば、前線から退ける。」
「カンベエ様ッ。」

いい加減一人で考えだけを述べるのを止めたくて
シチロージは強く言いはなった。
もしかしたら主を睨んでいたかもしれない。
それ程までにシチロージは悔しく思う。

今まで長い時をずっと隣で過ごさせて貰い
きっと自分の考えている事など全てわかっていると
シチロージは思っていた。
それをわかってかどうかは知らないが、
だというのに、自分の傍を離れろ、と言う言葉を発するカンベエが
この時ばかりは憎らしく思えた。

「お前は行け、シチ。」
「何故で御座いますか…」

それでも言葉を止めないカンベエ。
ここで熱くなってはいけない。なったら考えも纏まらず
絶対に丸め込まれてしまう、とシチロージは
弾けそうになる想いと言葉を抑えながら話す。

「この先は儂一人で充分。」
「…私は最期まで貴方様と共に逝くと約を交わしました。
その約、お忘れですか?」
「なればその約、今破ろう。お前は生きろ。」

あっさりと切り捨てる主。
強く殴られた感覚がシチロージに巡る。
どうして主はこうも冷たい事を言うのだろうか?
もともと強いシチロージだ。
悲しみを通り越して怒りが湧いてきた。
スッと頭の中から上った血の気が引き、冷静になる。
自然と口から言葉が出ていた。

「なれば、このシチロージ久しく貴方様の命に背きましょう。」
「シチロージ…死を」
「大切に想っているのは貴方様です。」

別に死を尊んでいるわけではない。
ただ、好いているものの傍に居たいと思うのは罪か。
それくらいの強い勢いを殺しながらシチロージは静かに言う。
強い思いを秘めた言葉を受け取り、カンベエは彼を見つめるばかり。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ