short story

□陣風ミニマム
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 それにしても、郁がこういった初歩的なミスをするのもまた珍しい。調理を含め、家事全般はとっくに慣れているはずだ。その慣れが引き起こした失敗かもしれないが、こんな失敗など(てつ)には記憶に新しくない。

「ふん」

 けれどそのせいで、郁の機嫌は一層に悪かったのかもしれない。表情だけみても、虫の居所がわるいことが伝わってくる。

「なぁ、郁。なんで包丁に血ついてるかな・・・。怖いよ、さすがに」

「・・・・・・・・」

 徹の急に振った質問に、郁は振り返り、その瞳に兄を映した。食べるのが早いのか、徹はもう食べ終わっている。その姿に息を吐き出せば、郁は思い出すように語り出す。

「魚、おろしてたんだよ。夕食の下ごしらえ」

「へぇ――」

 郁は徹の質問にさっさと答えれば、もう下ごしらえを終えるであろう魚の身を皿へと乗せていく。やはりこれも、常と変わらない黒澤家の日常だ。

「もしかして、次は俺がさばかれるの?」

「まさか。兄貴なんかさばいたら、包丁が泣く。それに包丁が傷つきでもしたら、俺が困る」

「・・・そうかい」

 わざと惚けるようにして徹が紡いだ言葉に、郁は刺々しい言葉を返した。それに郁は口より先に手がでるタイプだ。下手に言って、また包丁向けられでもしたらたまらない。


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