short story

□陣風ミニマム
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「じゃ、ごちそーさん」

 そう郁が背を向けて立っている流しに、(てつ)は自分が使っていた食器を静かに置いた。僅かな音をたてる、食器。それにかかる蛇口から溢れ出る水。その水滴が、朝日に反射してキラキラと輝いていた。

 そして次に徹の目にとまった、発泡トレイ。魚が入っていたのだろう・・・中身が僅かに赤い。というか、生臭い←。

「鯵2匹でその半額ねぇ・・・。さすが主夫」

 徹は思わず吹き出しながら零す。だが、【主夫】という単語は郁にはタブーだ。

「さばかれてぇか、このクソ兄貴っ!!」

 郁は徹をキッと睨みつければ、また包丁の刃を向けんとばかりの状態だ。言葉1つで何をするかわかったもんじゃない。

「やれるもんならな。俺もう出るし戸締まり頼んだぜ、郁」

 郁の怒声もひらりとかわすようにして、徹はさっさと学校に行く準備を始めた。公立の中学だから、行き先は同じなのだが、徹はともかく郁は一緒に行こうとしない。昔それを問われて、郁は即答で「いやだ」と返したくらいだ。

 まぁ同じ屋根の下に住む兄弟だからといって、一緒に登校する義務もありはしないのだが・・・。

「とっとと行け。俺はまだやることあんだから」

 そう見送る気配もなく、ぶっきらぼうに郁は返す。ここでのミスは、郁が徹のみせた笑みに気付かなかったことだ。


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