short story

□金魚
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大きな水槽に
ゆらゆら揺れる赤と黒の点々。
そのあまりの美しさに
俺は思わず息を飲んだ。







「おーい、高杉」
金魚すくいの出店の前から動こうとしない高杉に、銀時はしびれを切らせ名前を呼ぶ。
…もう何十分間こうしているだろうか。
高杉は水槽の中を自由に泳ぐ金魚を目で追いながら、座り込んでいた。


今日は近くで祭りがあると聞いて、松陽先生は俺達を連れ、ここへ来た。
しかし金魚の前を通った瞬間、高杉がぴたりと動きを止めたのが始まりだった。
俺は急に止まった高杉に「行くぞ」と言ったが聞こえていないのか、ただじっと金魚を見つめる。
そうしている間に先生達とはぐれてしまった。


「おーい、そろそろ行こうぜ」

これ以上ここに居られては自分も、周りの客も、それに何よりここの店のおじちゃんが困っている。
銀時は深いため息をつき、高杉の腕を引く。
「おい、これ以上ここに居たら迷惑だから、行くぞ」
しかし高杉の足は根っこが生えたかのように動かない。
その間もじっと金魚を見つめる。

「高杉、怒るよ?」

いつもより低い声で言ってみる。だが高杉にそんな攻撃は全く効かず、逆に睨まれた。
しかし、初めて金魚から自分に視線を移してくれた事に「今がチャンスだ!」と思い、高杉の腕をもう一度引く。

「先生達とはぐれたから、探しに行こう」

「…お金」

「は?」

高杉は銀時と金魚を交互に見ながら呟く。

「…金魚すくいやる。だからお金ちょうだい」

「お金ちょうだいって…、お前先生から貰わなかったの?」

そう言うと高杉は買う物無いと思っていたから、と小さく呟く。
銀時は腰に手を当てると「残念ながら、俺の持っている金は綿菓子買うための金だ。金魚のための金じゃねぇ」と強く言った。
高杉は銀時の目をじっと見つめた後、また金魚に視線を移してしまった。

何人か子供達が、金魚すくいをしに屋台に立ち寄る。
楽しそうに金魚をすくう光景をじっと見つめる。
銀時はそんな高杉を少し離れた場所で見ていた。

その時、後ろから名前を呼ばれた気がして振り返る。
すると人ごみの向こうで、松陽先生がこちらに手を振っている姿が見えた。
銀時は安堵の表情になると高杉に駆け寄る。

「高杉、先生見つけた!また迷子になる前に行こうぜ!」
そう言い手を取ったが、高杉は首を横に振る。

「…何でだよ」

「行かない。金魚見てる」

ここまでくるとさすがに銀時も呆れ、「もう勝手にしろ」と吐き捨て、先生の元へ走った。

一人残された高杉は
じっと金魚の泳ぐ姿を目で追う。

赤と黒の点々が
ゆらゆら揺れる。

何時間と見ても飽きない、そのしなやかに泳ぐ姿に我慢出来ず、手を伸ばした時だった。

「おじちゃん、1回やる」

聞き覚えのある声が聞こえ顔を上げる。
そこには先生の元へ行った筈の銀時の姿があった。

「ん、」

驚く高杉に、銀時は半ば強引にお碗とポイを持たせる。

「早くしろよ。先生待ってるから」

「…銀時、綿菓子は?」

「さっき見に行ったら売り切れてた」

いいからさっさとやれよ!と言う銀時に、高杉は慌てて水槽に手を伸ばした。









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先生を先頭に暗い道中、寺子屋に帰る途中も、高杉は透明な袋の中にいる金魚を嬉しそうに眺めていた。

結局金魚はすくえなかったのだが、おじちゃんがサービスしてくれて赤い金魚を一匹くれたのだ。

上機嫌になりながらも、高杉はふと自分より少し前を歩く銀時の背中を見つめ、考え込んだ。

銀時は綿菓子が売り切れたと言っていたが、帰る時に綿菓子がまだ残っていたのを高杉は見たのだ。

(俺のために、お金出してくれたのかな…)

大好きな綿菓子を差し置いてまでそうしてくれた銀時の優しさに、高杉は胸がきゅうっとなる。

「銀時、」

少し早歩きして銀時の横に並ぶ。

「ん?」

金魚の入った袋を大事に持ち直し、銀時の目を真っ直ぐ見た。

「ありがとう」

銀時は頭を掻きながら「…ん」とだけ言うと、前を向いてしまった。



透明な袋の中、
赤い金魚は自由に泳ぎ回る。




END

 

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