short story

□skyblue
1ページ/1ページ


梅雨明けの青空が広がる心地の良い朝だった。
天気予報で、今日から初夏の陽気に入ると言っていたのを思い出す。

皆より少し遅い登校時間。
遠くで朝のHR前のチャイムが聞こえる。

高杉は、普通より軽すぎるバックを小脇に挟み、ゆっくりと学校への道を辿っていた。

このペースで歩けば学校に着くのは1時限目の始めだろうか、などと考え、別に焦る事なくゆっくり歩く。

(これだけ遅く来たんだから、今日はアイツもいねぇだろ)

そう思いながら、少し広い道路に出た時、いつもの場所にアイツの姿はあった。

「あ。高杉、遅刻してんぞ!!」

俺に気付いた奴は、隣に止めていた原チャリに跨り俺の到着を待つ。

高杉はため息を漏らす。
と同時に、やはり変な教師だ。と強く思った。



いつの日からか、学校のある日は必ず、俺の家からさほど離れていないこの場所にこの教師は毎朝現れる。
「今日もちゃんと来たな!」なんて言いながら、俺を原チャリの後ろに乗せ学校まで一緒に行く。

しかし、俺にとってその行為はかなり鬱陶しい。
…いや、この感情が鬱陶しいというのかどうかは分からないが、とにかく嫌、なのだ。


「遅すぎ!俺まで遅刻しちゃったじゃん!」

銀八は、俺が来るなりそう言うとメットを被せる。
「早く乗れ!」と俺の手を引き、後ろに乗せたと同時に走り出した。

銀八の腰に回した腕から、体温が伝わる。
意識する度に心臓が締め付けられる感覚に陥る。
あぁまたこの感覚だ、と高杉は思った。



銀八とこうやって一緒に登校する事や、近寄るのが嫌な理由。
それは銀八に会う度に、心臓が煩いほど鳴り響き、病気ではないかと思う程、胸が締め付けられるから。

だから俺は銀八から離れた。

会わないように学校もサボったりしたのに、それをコイツは許さなかった。
前以上に話し掛けられ、前以上に近付いてこようとする。

現に今だって、こうして毎朝迎えに来る。

離れたいのに離れられない。
会いたくないのに寄って来る。

胸が苦しい。
身体が熱い。


…だけど俺だって、この気持ちに気付かない程、馬鹿ではないんだ。


「どうした高杉?なんか今日テンション低くね?」

そう、この気持ちは…

「…別に」

この感情は"恋"と呼ぶ。

「悩みがあんならこの優しい先生がいつでも聞いてやるよ」

そう言い銀八は、少しスピードを上げた。


空の青は限りなくどこまでも続く。
風が2人の身体を包み込む。

少し先に学校が見えてきた。
もうすぐ、2人きりの時間は終わる。


「よし、1時限目には間に合ったな」

銀八は教員専用の駐車場に原チャリを止め、俺はメットを返す。

「じゃ、授業頑張れよ」

そう言い俺の頭をくしゃっと撫で、職員室へ向かう。
その場に立ち尽くし銀八の背中を見ていた俺は、気がつくと声を出していた。

「先生!」

俺の声に気付き、その場で振り返る。

「何だ?」

「…いつも気になってたけど、何で俺を迎えに来るんだよ」

かなり真剣な顔をしていた気がする。
銀八は「そんな事か」と言って笑うと、俺の目を真っ直ぐ見た。

「決まってんだろ。"教師"としての仕事」

じゃあな、授業遅れんなよ、と言い残すと、銀八は白衣を翻しその場を去った。



足から根が生えたかのように、俺はその場から動けない。
同時に1時限目の始まりのチャイムが鳴り響く。

拳を強く握り、熱くなる目頭を必死に押さえる。

(聞くんじゃ…なかった)

今更後悔しても遅いが、銀八の言葉が胸に突き刺さる。




分かっていた筈だ。

向こうは"教師"で俺は"生徒"。
アイツは"大人"で俺は"子供"。
銀八は"男"で俺も…"男"。


でも、少しだけ期待していた。
「もしかしたら」なんて、思ったりしていた。

…自惚れていただけだった。

意志とは全く関係無く、涙が頬を伝う。
俺はそれをすぐに拭うと上を向いた。




目には透き通るように続く青い空と千切れ雲。
ぼやけた世界が、そこには映っていた。






END

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ