short story
□7月7日
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窓越しに灰色の世界を眺める。
先ほどから降り続く雨のせいか、辺りは静寂に包まれていた。
いや、周りに人が居ないせいでもあるだろう。
ガタタン、ガタタン、と規則正しく聞こえる音と振動と共に、電車の中にいるのは高杉1人だけであった。
携帯で時計を確認する。
時刻は7月6日の午後11:47だ。
向こうに着く時には、ちょうど7月7日になっているだろう。
高杉は段々と縮まる「アイツ」との距離に、自然と心臓が高鳴る。
握る拳に、ついつい力が入ってしまっていた。
----7月7日。
毎年この日にだけ逢う、自分にとっての「元担任」であり、「現恋人」、坂田銀八。
何故「7月7日」にだけ逢うのかは、まだ自分が大学に行く前…。
地方の大学ではなく、遠方の大学を受験し、合格した高杉は銀八と離れなければならなかった。
寮に行くこととなった高杉は、学校の授業や年間行事のことを考えると、毎年夏休み前の1回だけ銀八と逢えるようになった。
「銀八の好きな日でいいから、いつがいい?」
高杉がそう聞くと、銀八は何十分も必死に悩んだ。
暫くすると、決めた、と小さな声で呟いたかと思えば「七夕の…7月7日がいい」と言い出した。
別に悪くはないが、何故その日がいいのか理由が気になり、銀八に聞いてみた。
すると銀八は、高杉の頭を撫でながら答えた。
「なんか、織り姫と彦星みたいでしょ?」
自動ドアが開く。
電車から下りた高杉は、人気のないホームから改札口へと向かう。
切符を通した後、ふと顔を上げると見慣れた傘を差した男がいた。
その男は高杉に気付くと、傘を折りたたみ近付いてくる。
男が近付いてくる度に、高杉の心臓の音は周りに聞こえるのではないかと思う程高鳴っていた。
「お帰り」
懐かしい声が耳に響く。
身体中に血が巡り、体温が上昇していくのが分かった。
銀八は懐かしい笑顔を向けると、「お疲れ様」と言って高杉の頬を撫でる。
相変わらず手が冷たい。
いや、それとも長い時間ずっと待っていてくれたのだろうか。
「見ない間に随分大人っぽくなったね。少し身長伸びたんじゃない?」
うるせぇ、と言われるものだと思っていた銀八だったが、黙ったままの高杉に疑問を抱く。
「晋助どうしたの?」
その時、何かが切れたかのように高杉は、思い切り銀八に抱きついた。
バランスを崩しそうになった銀八だったが、体制を整え自分も高杉を抱き締める。
「…ただいま、銀八」
今にも消え入りそうな声で囁かれた言葉は、心無しか震えていたような気がした。
「お帰り、晋助」
もう一度、今度は耳元ではっきりと囁いてやる。
互いの顔を見つめた後、その口唇にそっと自分のを重ねる。
何もかもが、1年ぶりだ。
名残惜しそうに口唇を離す銀八に、高杉は少し涙目な瞳を向ける。
銀八は妖しく笑うと「続きは後で、ね」と言い、高杉の手から荷物を奪うと「行こうか」という風に手を繋ぐ。
高杉は少し頬を染めながら、黙ってこくりと頷いた。
降り続く雨の中、2人は固く手を握ったまま、銀八の家へと向かう。
「きっと今頃この空の上では、織り姫と彦星もこうやって逢っているのかねぇ」
「…そうだな」
握られた手に、更に力が入る。
時刻は7月7日、午前0:16。
雨はまだ降り続いている。
END