short story

□天の邪鬼な黒兎
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『寂しいよ、銀時…』

電話越しに聞こえた、彼の弱々しい声。
気が付けば俺は、深夜の道を乏しいライトの光を頼りに自転車で爆走していた。

頭より、体が先に行動をおこしたのは初めてだ。あんなに俊敏に動いたのは、多分人生で最初で最後なのではないかと思う。
「寂しい」と呟いた彼に、「今から行く」とだけ答えて、携帯を切った。
そこから記憶が曖昧で、気付いたら自転車に跨って家を飛び出していた。

高杉の家まで、あと6分。

何時もなら遠いとは思わないこの距離も、今日に限って遥か遠くに感じてしまう。
信号なんてものは、まるっきり無視。どうせ深夜なのだから、通る車は殆ど少ない。
とにかく、一分一秒でも早く、高杉に逢いたかった。
逢って抱きしめて、高杉の不安を取り除いてやりたかった。

そろそろ目的地が見えだした。

朝になったら筋肉痛で動かなくなるかもしれないと思いつつ、上下動の繰り返す脚に全力を込めて深夜の道を走り抜けた。











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高杉の住むアパートの下に自転車を置き、錆びた階段を音も無く素早く駆け上がると、1番奥の部屋のインターホンを押す。
中でピンポンと音がしたのは聞こえたのだが、なかなか出て来ない。俺は戸に手を掛けてゆっくり回すと、鍵が掛かっていない事に気が付いた。
きっと俺が来ると分かっていたから開けていたのだろうけど、少し不用心過ぎる。
俺は小さく「おじゃまします」と呟くと、鍵を閉め、中へ足を踏み入れた。

真っ暗で何も見えなかったが、目が慣れてくると同時に見慣れた風景が広がった。

「高杉ー…」

名前を呼んで、彼の寝室の電気を点ける。
すると、小さなベッドの上でクッションを抱き締め眠る高杉の姿が目に入った。

途端、どっと力が抜ける。

「せっかく来てやったのに何寝てんだよ…」

ぽつりと毒を含んで吐いてみる。しかしよく見れば、高杉の抱き締めているクッションは、俺がこの部屋の中で1番気に入っているもので、手には携帯が発信ボタンを押す前の状態のまま握り締めてあった。
発信相手は、"坂田銀時"。

俺はベッドに腰を下ろすと、自分とは違う指通りのいい髪を撫でる。
少し艶のある声を出した高杉は、うっすらと目を開けた。

「お待たせ」

寝起きの顔にそう言ってやれば、目を丸くした後、珍しく自分から抱きついてきた。

「…遅い」

「これでも早く来た方なんですけど…」

小さく笑って答えれば、高杉はますます力を込める。本当に珍しい光景だった。

「寂しかったの?」

「…寂しくなんかねェ」

(さっき電話で寂しいって言ったじゃんかよ…)

そう思いつつも、俺から離れようとはしない高杉に自然と笑みがこぼれてしまう。
この子は自分の弱さをなかなか人には見せないから、あれは奇跡に近い出来事だったのかもしれない。

「じゃあさ、高杉。俺が寂しいから一緒に居てよ」

素直になれない彼のために、俺の方から折れてみる。

「…仕方ねェな、」

そう言いながらも、嬉しそうな高杉。顔を上げれば、泣いていたのか少し目が赤い。
気付かないフリをして電気を消し、2人で小さなベッドに横たわる。

「ずっと一緒に居てやるからな」

小さく囁き、高杉の細い身体を抱き寄せる。黙って頷く彼は、ゆっくり目を閉じた。

「おやすみ」

その声は、静かな空間に心地良く響き、俺達を夢の中へと誘った。






END

 

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