short story

□曼珠沙華
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真っ白な着物を真っ赤に染めて、銀時は何処か身体を休める場所をと、人気の無い山道を歩いていた。空は曇天。今にも降り出しそうだ。
天人が襲来するも、見事勝利を収めた銀時達。だが、敵はまた何時来るか分からない。
暫くの間、休める場所が必要だった。

(くそっ…、普通に帰った方が早かったか…?)

なかなか良い場所が見つからず、身体も疲労のせいか叫び声を上げているみたいだ。やはり普通に帰ろうと踵を返した時、ちらりと視界に深紅が映る。目を見開くと、そこに広がっていたのは自分を染める紅より濃い、無数の彼岸花だった。
その圧倒的な深紅色に、身体が勝手に引き寄せられる。

(丁度良い、ここで休もう…)

足取りも覚束ないまま、次に腰を下ろせる所を探す。
どこまで行っても紅い世界。
逆に酔ってしまいそうだ。
少しずつ前進していたら、黒い何かが、彼岸花に囲まれるようにして横たわっていた。

(動物の死体か…?)

そう思い近付くと、気配を感じとったのか、その黒い何かはもぞもぞと動き出し、銀時を捉えた。

「何だ、銀時じゃねェか」

「高杉、」

死体かと思っていたそれは、高杉だった。
自分と同じように返り血で真っ赤に染まり、動こうとしないところを見れば、彼も身体を休めていたのかもしれない。

「突っ立ってねェで座れよ」

そう言い高杉は、銀時が座れるスペースを作る。遠慮無く、その場に倒れ込むようにして座ると、身体の疲れが引いていくようだった。

「また無茶したのか?」

うつ伏せにして、顔をこちらに向ける高杉の視線が、傷に注がれているのが良く分かる。
銀時は薄く笑い、彼の前髪をかきあげた。

「心配してくれてんの?」

「違ぇよ、馬鹿」

悪態をつくも、頬が紅潮している。いや、彼岸花のせいでそう見えるだけかもしれない。
自分とは違う、その指通りの良い髪を撫でている内に、規則正しい寝息が聞こえてきた。よほど疲れていたらしい。

(安心しすぎだろ…)

半ば呆れながら、その無垢な寝顔を眺める。
さっきの激しい戦いが嘘のように、平和で静かな空間。薄暗い世界に凜と咲く、一面の紅い花。
こうして見ると、この世界だけ何処か違う場所へ飛ばされたかのような気持ちになる。
この世界には、自分と高杉の二人しか居ないのではないか。
だが、それも良い。
隣で眠る彼の頬に、そっと指を這わせた時だった。
…現実というのはどうも残酷だ。遠くの方で、大砲の音が聞こえた。天人が襲来したのだろう。

「おい、高杉起きろ」

少し強引に揺さぶってやれば、はっとしたように飛び起きる高杉。また大砲の音が聞こえた。

「敵襲か?」

「あぁ…、行くぞ」

互いに刀を取り、桂や坂本の待つ戦場へと向かう。
やはりこれが現実。
辛いけど、俺達が生きる現在。

「…なぁ、銀時」

そんな事を考えていたら、高杉から呼ばれた。
無言で視線を合わせれば、彼は続ける。

「俺、さっき夢を見た」

「夢?」

「あぁ、きっとあれは未来の俺達だなァ。相も変わらず、四人で笑って酒飲んでんだ」

思い出すようにして語る彼を、銀時はじっと見る。
その視線に気付いたのか、高杉は小さく笑った。

「いつか、叶うといいな」

「…叶うさ、きっと」

その会話を最後に、二人は黙って走り続けた。
あの無数の彼岸花も、何時の間にか見えなくなっていた。






END

 

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