short story

□a candy
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「あれ、こんな夏休み真っ只中の時期に自習?」

教室の扉が急に開いたかと思えば、聞き覚えのある声が飛んできた。顔を上げれば予想通り、扉の前にいるのは自分の担任だった。

「違ぇよ、補習」

「あぁ、お前課外サボリまくってたもんな」

呼び出されたんだ、と笑いながら近寄ってくる銀八。途端、風に乗ってふわりと甘い香りがした。

「…苺」

「ん?」

「苺の匂いがする」

すると銀八は何回か頷いて、口を開けた。中に入っていたのは、まだ大きいピンク色の飴玉だった。

「いる?」

「いや、別にいい」

白衣のポケットの中から、可愛らしいキャラクターの描かれた飴を取り出す。俺が拒否すると、銀八はあっさりポケットに戻した。

「受験生なのに大変だね」

「そーでもねェよ」

「あっそ」

まぁ頑張ってね、と言い、踵を返した時、また急に振り返る。

「あ、忘れてた」

まだ何かあるのかと言い返そうとした瞬間、俺の中で時間が止まった。
唇に何かが重なり、視界には銀八だけが映る。

「んっ…!」

その時、無理やり口を開けられたかと思えば、何かを放り込まれた。途端に唇が離れ、鼻を掠めたのは銀八と同じ、苺の匂い。
口の中でカラッと音が鳴った。

「ぁ…っ」

「あげる」

そう言った銀八の口の中に、さっきまで入っていた飴玉はなかった。

「なん、で…」

「今日、誕生日だろ」

じゃ課題頑張って、と言い残し本当に去っていった銀八は、何事もなかったかのように職員室へと戻っていった。

「…くそ、やられた…!」

全てを把握した後、身体の熱が一気に顔へ集中する。
銀八の口の中で見た時より小さくなった飴玉は、俺の熱で徐々に溶かされていくようだった。





END


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