第一章

□それぞれの出会い
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 もう間もなく日付けが変わろうか、という頃。小腹が空いたフェルディールは、食堂に足を運んでいた。

 室内は人がまばらで、厨房は最小限の人が働いているだけ。昼間の賑わいを肌で感じているだけに、この空間が酷く寂れているように思えてしまう。

 ふと、見知った後ろ姿を見付けた。ゆるくウェーブのかかった、明るい茶髪。話し相手を探していた彼は、トレイを手に近付いていった。


「なんだ、ルナ。今から晩飯か? 太っても知らねぇぞ」
「……貴方って、本当にデリカシーが無いんですのね。フェルディール」


 自分の前に座るフェルディールを睨み付けるルナティア。だが肝心の彼は、飄々と笑っている。怒る気力も失せた彼女は、深くため息を吐いた。


「食事といっても、軽く済ませるだけですわ。そういう貴方は、トレーニングでもしていたってところかしら? こんな時間に、よくそれだけ食べられますわね」


 しかめ面の彼女は、ご飯やおかずが山盛りになったプレートを見つめている。それを物ともせずに、彼は食事を平らげていく。今度は小さく息を吐いた。

 しばらくして、不意に彼女は「ところで、」と口を開いた。周囲を気にして、そっと声を潜めている。それだけで彼女が言わんとしていることを察し、彼もまた、やや前傾姿勢で耳を傾けた。


「調査の方、きちんと進めてます?」
「ぼちぼちな。『あの日』の一ヶ月前から今日まで、ここを去った奴はいない。だから内通者がいるとすれば……」
「まだ神殿の中に潜んでいるでしょうね。『あの日』に消されていない限り」


 結界石を守るトラップには、様々な種類のものがある。その中の一つに、合言葉でのみ開く扉がある。

 その言葉は約一ヶ月ごとに変わり、しかも予め記録した人間の声でなければ反応しない。声を変える魔法は存在するし、そのような魔具も用意が可能であろう。だが、合言葉はどうにもならない。

 険しい顔で一点を見つめるルナティア。そんな彼女を、フェルディールは豪快に笑い飛ばす。そして、コップの水を一飲みにした。


「ま、何とかなるさ。心配すんな」
「あら、随分と自信たっぷりなんですのね」
「まぁな。我ながらいい考えだと思ってるからな」


 いつの間にか食事を終わらせていたフェルディールは、静かに席を立つ。そして彼女を見下ろし、ニッと笑みを浮かべた。

 自信に満ち溢れた彼を見て、ルナティアは思案する。賭け事や勝負事には熱くなりやすいにも関わらず、冷静さが必要な時には誰よりも冷静でいられる。もしかしたら、本当に有効な方法が思い付いたのかもしれない。

 「じゃな」と短く声を掛け、トレイを手に踵を返す。彼女はそれを、背中が見えなくなるまで見送っていた。





 カーテンの隙間から日が差し込み、鳥の鳴き声が夜明けを知らせる。それから、どれだけの時間が過ぎただろう。現在の時刻を確認するのも億劫だった。

 視線の先には、死んだように眠り続ける少女。彼女が倒れてからまる一日が経ったが、目を覚ます気配すらない。嫌な考えばかりが頭を巡っている。

 その時、ノックの音が響いた。ハッと顔を上げ、知らず知らずのうちに溜まっていた息を吐き出す。ふらふらと立ち上がり、握り締めていた手をノブに添えた。扉を引くその一瞬、そっと目を閉じる。


「あの……あれから目を覚まされましたか?」
「相変わらず、あの調子さ」


 静かに体を引き、中の様子を見せた。途端に顔を曇らせる少年。不意に、彼の目が軽く見開かれた。
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