第一章

□暗闇の訪問者
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 森の都とも称される聖都テルティス。神殿と街を丸ごと取り囲む壁の向こうは森が広がり、網目状に街道が伸びている。

 時は太陽が天頂を通り過ぎた頃。人目を避けるように、神殿の裏手に三人の男女が佇んでいた。男はテルティスを囲む壁に背を預け、目の前の森を眺めている。そんな彼の肩では一羽の鷹が羽を休め、虚ろな彼の横顔をじっと見つめている。そして、彼等を挟むように両斜め向かいに立つ女二人は、呆れ顔を隠す素振りも見せなかった。

 不意に、やけに大きく、長い欠伸が響き渡る。女の一人は顔を顰めたまま、欠伸の主を睨み付けた。


「ちょっと、はしたないですわよ」
「しょうがねぇだろ? 昨日は寝るのが遅かったんだからよ」


 彼女の青い瞳が、氷のように冷たい。小言の発信元に顔を向け、そんな思考が過った瞬間、男の顔が歪む。頭を押さえ、小さく呻き声を上げる彼に向けて、女は容赦の無い言葉を浴びせてきた。


「今日が非番なのをいいことに、深夜までポーカーに熱中していたからですわ。しかも二日酔いまで。呆れて物も言えませんわね」
「だったら黙ってりゃいいじゃねぇか。だいたい、男が負けっぱなしのまま止められっかよ」
「勝負の途中で酔い潰れた人が何を仰いますか」


 全ては自業自得。彼とて理解しているが、それを素直に認めるのは癪である。だから、本調子でないながらも、頭をフル回転させて抗ってきた。その結果は、無駄な足掻きだと言わんばかりの倍返し。

 頭はきつく締め付けられ、心はナイフで抉られる。本音を言えば、こんなところ、一刻も早く抜け出したい。しかし、それをやると後が酷いのも理解している。

 潔く諦めた男は、ならばせめてほんの少しだけでも楽になりたいと、その場にしゃがみ込んだ。その拍子に、鷹はもう一人の女の肩に飛んで行く。そして、満身創痍の男を憐れむように見つめた。


「あそこであのカードを出してたら、絶対勝てたんだって。なのに、俺の意見を無視してさぁ……兄貴、カードは俺より弱いくせに」


 よりによって、鷹にさえも馬鹿にされる始末。これには我慢が出来ず、男は顔を上げた。


「うるせぇ! あぁっ、くっそ……あそこでイカサマ紛いの手ぇ出しやがって。おかげで――」
「あ! 兄貴!」


 慌てて止める鷹に、男はハッとして言葉を濁らせる。だが、もう遅い。


「そんなにポーカーに熱中していたのか。ところで、まさかとは思うが、また金を賭けていたんじゃないだろうな?」
「そ、そんな訳ねぇだろ……!? なぁ?」
「そうだよ……! ねぇ、兄貴?」


 探るような黒い瞳に晒され、一人と一羽の声が上擦る。頑なに視線を合わせようとしない彼等に、深いため息を漏らした。


「……まぁいい。今は情報交換が先だ」


 その言葉の裏で、安堵のため息が二つ。そんな一人と一羽に付き合っていられないと、彼等を無視して青い瞳の方を振り返った。申し訳なさそうに眉を下げて。
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