花ロマ文庫1
□第一話
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「まだ、冬が来ないね」
車窓から流れていくイチョウ並木を横目に、ともゑは軽くあくびをした。
「今は秋ですから。でも今年は暖かいみたいですよ、去年より過ごしやすいかもしれませんね」
ゆっくりハンドルを切りながら、桔梗はともゑに優しく微笑む。
「あったかい冬なんてホントの冬じゃないよ、雪が降らないと」
「でも、ともゑは冬が苦手でしょう?」
「うん。ベッドから出たくなくなるし、ほっぺは冷たくなるし。ミルクティーはおいしいけど、外でアイスが食べられないもん。女の子も厚着になっちゃう」
「ともゑらしい意見ですね」
「でも雪はスキ。毎年寒いのガマンしてるのは雪を見る為だもん。桔梗ちゃんも雪はスキでショ?」
顔を覗き込むように、ともゑが運転中の桔梗を見つめた。
「私は……」
信号待ちで車を停めると、桔梗は視線をともゑとは反対に向けた。
「あまり好きではありません」
「どうして?」
「どうして、と言われても。どうしてでしょうね」
クスリと笑みを浮かべながらともゑを見た。
「桔梗ちゃんにも苦手な季節があるんだね」
「いえ、冬は好きですよ。雪が好きではないだけで」
「なに、それ」
「無理に理解してくださらなくて結構ですよ、これは、私の気持ちの問題ですから」
意味深げに小さなため息をひとつ吐くと、再び視線を前へ戻し、静かにアクセルを踏み込んだ。
「ほら、信号変わりましたよ。危ないですからキチンと座っていて下さい」
止まっていた外の景色が、また流れ始める。
だいぶ暗くなってきたせいか、街灯があちらこちらで灯りはじめた。
ともゑは静かに外を眺めていた。
仲良く手を繋いであるいている親子連れ、犬と散歩をしている老人、ベンチに座って語り合っている恋人。
急いで家に帰ろうと走っていく子供達。
それぞれ誰かには、暖かい誰かが待っている。
ともゑにも、少なくとも桔梗にもそんな場所はあるはず。
遠い繋がりとはいえ、同じ血が流れている桔梗の事は分かっているつもりなのに。
なのに桔梗は、時々こうやって人をはねのける様な事を言う。
本当の心の中は、僅かとも見せてはくれない。
『理解してくださらなくて結構ですから』
そうやってまた深く自分の殻を閉じてしまうのだ。
ともゑは無機質に、ただ視線を外に向けたまま、同じ事の繰り返しだと感じていた。
同時に、似たような事をする双子の菫を思い出していた。
菫は時々ともゑに対して距離を置くことがあった。ともゑもそれを理解していたし、それでもかまわなかった。
だから離れていても、寂しくても耐えられた。
絆は固く強いものだと目に見えない自信、確信があったから。
たとえ、それがひとりよがりな答えだとしても。
だから。
いつもなら、こんな事はなんでもないはず。
なのに、なぜだろう。
桔梗が拒めば拒むほど、胸を締め付ける何かが襲ってくる。
大人の女性からそんな事言われても、何でもなかったのに。
いや、むしろ年下の自分をかわいい子だと優しくしてくれた。
毎晩離したくないと、泣きながら抱き締めてくる女性だっていた。
しかし、こんな年下のともゑでさえ、この金の髪を持った大人は存在を打ち消そうとする。
踏み込もうとしても、頑なに紫の瞳が拒絶する。
まるですべてを否定しているかのようにも見えた。
ひとりの例外を除いて。