花ロマ文庫1

□第二話
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「とも、お風呂入らないのか?」
「うん、ありがと。でもすぅちゃん先に入っていーよ」
「まだ、具合悪いのか」
「大丈夫だってばぁ、僕今メール中だし」
「……そうか」
 
 寝室のベッドの上で、ともゑは携帯のメールを打ち込みながら菫を促す。
周りにはお菓子の包みを散乱させ、ともゑは誰に送るわけでもない嘘のメールを自分宛に送信した。
携帯が光って、新着メールを知らせる。
 
「また別のお姉さんかなぁ?」
 
両手で携帯を高く持ち上げ、いつもよりわざと声を大きくして首をかしげてみせる。菫は調子のいい様子のともゑを見て、ため息をついた。
 
「そんな変な遊びの関係、やめろよな」
 
制服のボタンを外しながら、菫はともゑに釘をさすように言い放った。
 
「別に変じゃないよ? みんな僕をダイスキなんだもん」
 
新しいチョコレートの箱を開けながら、ともゑは頬を膨らませる。
 
「ちがう……不純だ」
 
下を見つめて、菫は小さく呟いた。
 
 ともゑは昔から常に異性と付き合いを持っていた。毎回その相手が代わる時もあれば、何ヵ月も一人の女性と夜を過ごす事もあった。
女の子の様な顔立ちや容姿を武器に、年上の女性相手に甘えた才能を上手く発揮して、夢中にさせてしまう。
しかも、その事に対して罪悪感や後ろめたさは持ち合わせておらず、自由奔放なともゑの行動を、菫は快く思ってはいなかった。
ともゑが菫に視線を移すと、菫はまだ下を向いたまま考えこんでいた。
 
「早く入りなよぉ。あとで遊んでくれるんデショ?」
 
 ともゑはベッドからジャンプすると、菫をバスルームへと追いやった。
菫がシャワーを浴びる音を確認した後、ベッドに倒れこむように身体を投げ出す。
その弾みで、ベッドの上のチョコレートの箱がひっくり返り、派手に散らばった。
 
「はぁ……」
 
ぼんやりと携帯を眺めながらともゑが呟く。
 
「じゃあ、なにが純粋?」
 
 携帯の画面を開く。新着メールを見ると、さっきともゑが自分宛に送ったメールがあった。
 
「アハハ……なにこれ」
 
片手で目を覆い、少しかすれた声をあげる。
 
「僕、かっこわるい」
  
 菫の願いどおりなのか、ともゑはここしばらく女性とは会わなくなっていた。
自分の意思でやめたという訳ではなく、いざ相手と寝るとなると、ともゑの身体が拒否してしまう。それを繰り返すうち、面倒くさくなって会わなくなったのだ。
こんな長い間よく続くなと、ともゑは自分の事ながら変に感心さえする。
菫が知ったら喜ぶだろうか。
そう思ったが、すぐにともゑは首を横に振った。
 
ううん、多分理由を知ったら……
 
 結果、桔梗はいとも簡単にともゑの全てを変えてしまっていた。
彼が触れた場所全てに、いまでも熱いぬくもりが残っている。瞳を閉じればあの時の仕草、身体から香る花の匂い、優しくて切ない囁き。
思い出せば思い出すほど、押し寄せる苦しい何かに呑まれそうになる。
自分の気持ちに間違った事はしていないと思っていたのに、チクチクと胸が痛みだす。
 
「僕、どうしちゃったんだろ?」
 
誰もいないベッドの上で、静かに口を開く。
 
「ひとりって、さみしいね」
 
 
 
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