花ロマ文庫1

□第三話
1ページ/4ページ

 
雪は嫌いなんです
雪は、あまりにも冷たくて
格子から見える景色も、すべて無に埋め尽くしてしまう
 
手を伸ばしてみても、暖かい地面にはたどりつかず
音もなく、鮮やかに咲く草花の色もなく
悲しくて、苦しくて 
贅沢は言いません
だから、わたしを
 
この狭い箱庭の世界から……
 
――
  
 
 パタパタと人の小走りしていく音で、幼い桔梗は幸せな夢の世界から目が醒めた。
遠くに見える高そうな沢山の車、相変わらずの冷たい目をした大人の人達。
今日はいつもより騒がしく感じる。
同じような黒い服を着ていて、一体何があるのだろう。
 
 うたた寝から身体を起こし、格子の隙間から外を見てみる。
 
「あ……」
 
毎日見ていた景色に新しい色。細い木の幹から花が咲いている。
灰色かかった曇り空に、鮮やかに消えてしまいそうな、綺麗な花。
儚くて、でも美しく……まるで自分の母親のような。
もっと近くで見たくて、桔梗は格子の間から手を伸ばしてみる。
 
「もう少しで届くのに」
 
皮肉にもこの木製の格子は、桔梗と外部との接触を拒むかの様に、がっしりと桔梗の肩に食い込んでいる。
手を伸ばせば伸ばすほど、ジンと腕の付け根に痛みが走って、思わず顔をしかめた。
 
「はぁ……」
 
 小さいため息をついた桔梗は、仕方なく床に座り込んで膝を抱えた。
 
――みんな嫌い、みんな。
どうせなら、母が死んでしまった時に、わたしも一緒に消えてしまいたかった。
怖い大人の人達、そんな哀れみの軽蔑する眼で見ないで。
まるで見世物の様な、この隔離された箱庭の中で、このまま冷たい床と身体が溶けて同化して……
 
「なくなってしまえばいいのに」
「おい」
 
 ふいに聞こえてきた声に、身体を硬直させる。
恐る恐る顔を上げてみると、一人の少年が仁王立ちでこちらを見ていた。
大人達と同じ黒い服、ピカピカに磨きあげられた革靴には、少し乾いた土が付いている。
 
「おまえ、そこでなにやってんの?」
 
少年は腕を組んだまま、偉そうにこちらを見ている。
 
「……」
 
桔梗は少年から視線をそらすと、背中を向けて沈黙した。
 
 この少年は誰なんだろう。
そういえば宝生家には子供が何人かいて、相続だの跡取りだのと大人達が話しているのを聞いた事がある。
名前はなんと言っていただろうか。
でも、そんな事はどうでもいい。どちらにしても、宝生に関係しているのならいい人間ではないはず。
桔梗は少年がいなくなるのを、背中を向けたままじっと待っていた。
 
「なぁ、おまえの髪なんで金色なの?」
「……」
「悪いことしたから、こんなところに入ってんのかよ」
「……」
「こっちみろよ」
「……」
「ここから、出してやろうか?」
「え?」
 
思わず声が上がり、振り返って少年の方を見る。
少年は格子の隙間から足を入れて、ブラブラとさせていた。
 
「やっとこっち見た」
 
 少年は桔梗に笑みをこぼした。
悪戯に笑うその笑顔に、桔梗はしばらく目を離すことができず呆然としている。
 
「出してやるって、いってんだよ」
「ここから?」
「そう、ここから」
 
もう一度そう言うと、少年はゆっくりと手を差し伸べた。
 
「こっち、きてみろよ」
 
 この少年も宝生の人間だ、信用してはいけない。
そう頭では分かっているのに、身体が勝手に動きだす。
ゆっくりと立ち上がり、一歩づつ近付く。少年の、たったその一言が、桔梗を前へと向かわせる。
初めて会ったのに、なぜか他人じゃないような気がして。
桔梗は少年の手のひらに自分の手をおいた。
 
 
 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ