花ロマ文庫1

□第四話
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――コンコン
 
 朝6時半。扉をノックする音がする。
 
「……」
 
誰だよ、俺の安らかな睡眠時間を邪魔するのは。
寝不足なんだよ……
 
――コンコンコン
 
あのさぁ、ホント寝てないんだけど? 明け方まで、嘘つきでやらしー桔梗ちゃんを可愛がっててさ。
桔梗のやつ、口じゃ嫌がってたみたいだけど。
それが俺にとって逆効果だってこと、分かってんのかね……
どうせなら、もう一回くらいヤッときゃ――
  
「何がもう一回なんですか?」
 
いきなり上から聞こえてくる声。
 
「……あ?」
 
 目を開けると、上から覗き込む様にして桔梗が立っていた。
 
「桔梗?」
「おはようございます。返事がないので勝手に入りました、いつまでたっても朝食に来られないから」
 
腰に手を当てて、桔梗はため息をついた。葵はゆっくりと起き上がり、フラフラとソファに腰を下ろす。
 
「んー飯はいらね。コーヒーだけ」
 
あくびをしながら、テーブルの上の煙草を手に取る。
 
「そう言うと思ってました」
 
桔梗は用意よく押して来たワゴンからコーヒーカップのセットを取り出した。
 
「本当は何か食べないといけないんですが。そうも言ってられないですね。とりあえずシャワーを浴びてください」
 
置時計をチラリと見た後、葵を促す。
葵はのん気にワゴンに乗せてあった新聞を広げた。
 
「桔梗ー、眼鏡取って」
「葵さん」
 
桔梗は、またひとつ大きなため息をついた。葵は桔梗の様子など気にしない風に煙草の煙を吐いている。
 
「今日は、何があるのかご存知ですか?」
 
桔梗は諦めたのか、眼鏡を取って葵に渡す。
 
「新しい女教師でも入ってくるのか? 美人で抱き心地がいい女なら、大歓迎」
「残念ながら違いますね。朝から大事な会議が入っているんです、もうすぐ誕生祭でしょう?」
 
 月華修学院は、毎年11月に誕生祭が行われる。他校でいう、文化祭の様なもの。
普段静かで名門なこの学園も、この時期は賑やかになる。
行事の少ないこの学校の中で、一番のイベントでもある誕生祭は生徒達にとっても楽しみな日でもあり、同時に教師達は否応なしに会議が増える。
 
「もうそんな時期かよ。俺の代わりに校長出るからいいだろ?」
 
桔梗からコーヒーを受け取り、口に運ぶ。
 
「バカな事言わないでください」
「はいはい」
「各クラスの出し物が決まって、計画予定書類があがってきています。今日はその事についての会議と、打ち合わせですね。校長と理事のハンコがなければ、生徒達は準備に移れませんから」
 
クローゼットを開き、葵の着替えをテキパキと出しながら桔梗が答える。
 
「綾芽と、ともゑのクラスは何やるんだ?」
 
 家政婦の様に動き回る桔梗を目で追いかけながら、葵は立ち上がりタオルを手に取ると、バスルームの扉を開けた。
 
「視聴覚室を借りて、プラネタリウムをするそうですよ。なんでも、大掛かりなセットを組むそうで……あと、教室では喫茶店を同時進行で」
「どうせ指揮とってんのは」
「ええ、綾芽です」
 
桔梗はニッコリと微笑んだ。
 
「さすが次期当主、何事にも本気だな。ホント、感心するぜ」
「綾芽は妥協が嫌いですからね」
「菫のとこは?」
「展示だったと思います。たしか、恐竜の模型を沢山並べるみたいですよ。これは、菫の提案みたいで」
「恐竜ねぇ……ま、菫らしいな。でも、珍しいんじゃねーの? 菫が提案って」
「……ええ、本当に珍しいです。クラスで自分の意見を強く主張するなんて、あまりないですから」
 
 葵の着替えを手に持ったまま、桔梗は目を伏せてそのまま沈黙した。最近の菫はなんだか雰囲気が変わった。
クラスの中では大人しい方だったのに、意見を通すなんて本当に珍しい。
そして、どことなく強い意志を持った様に感じ取れる。
菫の事だから……それはきっと、何かを守ろうとする強さ。
菫に何か変化がある時は、決まってともゑに何かあった時。
桔梗は、以前のともゑとの出来事を思い出していた。 
 
 
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