花ロマ文庫1

□第五話
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宝生家の次男だった俺は、小さい時から恵まれてた
欲しいと言えば、何もしなくても手に入った
周りの大人は色んなモノを俺にくれて
いらないモノまで与えてくれて
自分でも、自覚してた
 
特別な家、宝生家、機嫌取り 
なんだよそれ?
偽善者ぶるのは嫌いなんだよ
 
小さな世界に閉じ込められてた、幼いアイツ
何も言わず、泣いてて…… 
涙で濡れた紫の瞳は、子供だった俺にはとても美しく、儚く感じ
初めて、自分の力で欲しいと思った
誰にも渡さない、触れさせない
 
だから初めて、自分の力で手に入れた
ほら、お前も俺みたいに、欲しいモノは自分で奪ってみろよ?
 
でもさ
俺のモノ欲しがるのは、勘弁な?

―― 

 
 
 
「話ってなに?」
 
 立ったままのともゑは、携帯の画面を開きながら呟いた。
 
「ま、色々とね。突っ立ってないで座れよ。コーヒーは……飲まねーか」
「ミルクティーがいい」
「あいにく『俺の』桔梗ちゃんみたく用意はしてねーよ」
 
――俺の
 
「じゃ、いらない」
「あっそ」
 
 煙草を口にくわえたまま、葵はコーヒーをカップに注ぐ。
カップから立ち上がる温かい湯気。コーヒーの芳ばしい香りが漂う。
 
「話があるなら早くしてよね、忙しいから」
「お前に忙しい時ってあんの?」
 
書類を机に置き直すとソファーに座り、カップに口をつけた。
 
「すぅちゃんがお家で待ってる」
 
ともゑはポケットからチョコの包みを取り出して開くと、口の中に放り込んだ。
 
「お前達のクラス、プラネタリウムと喫茶店だって?」
「そうだよ、綾芽が仕切ってる。プラネタリウムとか、綾芽って以外と乙女ちゃんだよね。僕は喫茶店だよ」
「ともゑに出来るのかよ」
「む、ばかにしないでよね。僕は店員さんだよ、不思議の国のアリスに変身するの」
 
ニッコリと笑顔で答えるともゑを前に、葵は思わずコーヒーを吹き出しそうになってむせ返った。
 
「アリスって……女装かよ」
「そうだよー、かわいいデショ? ホントはすぅちゃんとやりたかったんだケド、なんか恐竜に張り切ってるし。クラスも違うしっ」
 
ともゑは頬を膨らませ、ソファーの上で体育座りをした。
 
「ふっ、そりゃ菫はコスプレ嫌がるだろうよ」
 
菫が逃げ回り、それをともゑが衣装を持って追いかけてゆく光景を想像して、葵は笑った。
 
「じゃあ、桔梗ちゃんならしてくれるかなぁ?」
 
チョコを口の中で溶かしながら、ともゑが人差し指を唇に当てた。
 
「さぁ? 似合いそうだけどな。俺の桔梗ちゃんもきっと嫌がるだろうね」
 
『俺の桔梗ちゃん』
 
 お互いの沈黙。
ともゑは葵に視線を移す。
それに気付いた葵は、ともゑと目が合うとニッコリ微笑んだ。
 
――いつも、いつもそう。
僕が手を伸ばそうとするものには、その先に葵ちゃんがいて。
なんでも、全部持っていこうとする。
綺麗に着飾るママ、むせ返る香水のにおい。
母である事より、女である事を選んだ。おかげで僕はママが嫌いになったよ。
もともと嫌いだけどね。
 
でもすぅちゃんにとっては大事なママ、すぅちゃんがそう言うから。
だから……
 
 
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