花ロマ文庫1

□第十話
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 閉められた保健室のカーテンから、外を眺めてみる。
すっかり暗くなってしまって、空で光る月と星、遠くの街の灯りが窓から見える。
陽が落ちてしまったせいか、菫は肌寒さを感じ身震いすると、暖房のスイッチを入れた。静かな保健室に響く、小さな器械音。
 
 菫は保健室に入り、すぐ扉の鍵を閉めていた。
ともゑが起きて自分の顔を見た時、避けて部屋を出ていくかもしれない。
自分に、ここから出ていけと言われるかもしれない。
これは菫の、拒否された時に対する小さな可愛らしい抵抗。
ともゑは何処にも行かせない。
自分は何処にも行かない。
菫は何度も自分に言い聞かせてうなずいた。
桔梗の渡した鍵の意味と、今の菫の使い方は若干違っていたが、理屈は一緒だった。
菫は菫なりに、必死でともゑと向き合おうとしている。
 
「とも、起きてるか?」
 
 菫はゆっくりと仕切られたカーテンから顔を覗かせた。
無機質なベッドの上、白いシーツに守られる様にともゑは眠っていた。
ベッドと同化してしまいそうなほどの白い肌。
ほのかに色づくピンクの頬と唇。
掛けてある毛布から覗くスカートからは、少女のような滑らかな脚。
床にバラバラに転がっていた赤い靴を綺麗に揃えて、菫はともゑの顔を覗きこんだ。
顔が近づくと、甘いお菓子の様な香りが感覚を麻痺させる。
寝息をたてるたびにゆっくりと上下する胸元は、苦しくないようリボンがほどかれている。
菫はともゑから目が離せないまま、頬にそっと触れてみる。
確かに感じる暖かい体温、柔らかい肌。
 
「とも……」
 
ともゑはよほど疲れていたのか、少しも起きる気配はない。
こんなにぐっすり眠っているのを見るのは、何だか久しぶりの様な気がする。
 
「いつから、こんなにすれ違ってしまったんだろう」
 
菫は悲しそうに呟いていた。
 
 
 
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