花ロマ文庫1

□第七話
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 教室の床に敷き詰められた緑の絨毯。沢山の観葉植物。
緑、茶色、黒、赤、黄色。いろんな色の鮮やかな恐竜の模型達が、教室いっぱいに置いてある。
小さいものは手のひらに乗る位、大きいものになると2メートルはあるだろうか。
天井から吊り下げられたプテラノドンの親子がクルクルと輪を描いて飛んでいる。
横に立てられたプレートには、丁寧に書かれた説明書き…菫の字だった。
 
「葵?」
 
教室に入ってきた葵に気が付き、菫が走ってきた。
手にはダンボールで作ってある、小さな卵を抱えている。
 
「これ、全部菫がしたの?」
「おれが、色々指示して。あとはみんなで協力して」
 
 もともと手先は器用な方ではないはず。
こんな模型を、どうやって作ったんだろう。菫の指先には、沢山の絆創膏が貼ってある。
 
「凄いな、見直したぜ」
 
葵は菫の頭を撫でてやると、菫は一瞬驚いた表情をみせたが、すぐに顔を赤く染めてうつむいた。
 
「恐竜は、本当は飛べないっていう説が強いんだ。でも、おれは絶対飛んでいたって信じてる」
 
天井の恐竜を見上げる。
 
「あんな風に、自由に飛んでたはずなんだ……」
 
まるで翼を欲しがるような、切望する眼差しをみせた。
 
 菫は、昔から分家と本家の間に振り回されてきた。文句ひとつ言わずに、指示通りに生きてきて。
母親の期待に答える為に、未来を背負わされ。宝生にうまれた為に、運命にのみこまれて。
本当は、本音を、弱さを見せる自由が欲しいはずなのに。
それはともゑの願いと、とてもよく似ている。
 
「あんな家、なくなりゃいいのにな」
「なにか言ったか?」
 
不思議そうに菫が葵を見上げる。
 
「いや、何でもないよ」
 
葵は菫の頭をもう一度撫でた。
 
「ところで、何か用か?」
「ああ、そうそう。お前のアリスちゃんがちょっとな」
「アリス?」
「おい、こっち来いよ」
 
葵が入り口に向かって呼び掛ける。
返事はないが、壁からピンクのスカートがチラリと揺れるのが見えた。
 
「女?」
 
菫が少し顔をしかめる。
赤いエナメルの靴から伸びる細い脚が、教室に一歩踏み出す。
見覚えのある赤い前髪からのぞく瞳が、こちらを見つめている。
 
「ともっ」
「すぅちゃん……」
「最近どこに行ってたんだっ。顔色悪いし。大丈夫なのか?」
 
心配そうにともゑを見つめて肩を抱くと、右腕に巻かれたハンカチに気付いて顔を青くした。
 
「怪我したのか!?」
「大丈夫だよ、すぅちゃん」
 
ともゑは困ったように笑うと、すぐにうつむいた。
 
「とも…」
 
 ぎこちない双子のやり取りに葵は大きくため息をつく。
 
「そういうことなんで、後はよろしく」
 
菫に言い捨てると、葵は教室の外へ出ようとした。
 
「葵ちゃんっ」
「俺、お偉いさん相手。言ったろ?」
「だって……」
「だっても何もないだろ、思ったまま言えばいいんだよ。ただ、逃げるな」
 
何も状況が把握していない菫は、ともゑの肩をきつく抱いていた。
 
「とりあえず、保健室に行こう」
 
優しくともゑをなだめて手を取った。
 
 
 
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