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□紅蓮に堕つる
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「お帰り負け犬」

「死ぬか醜女」

冷ややかに呟いた男の姿は、全身が包帯に包まれていた。それを認めるなり女は、にやにや笑いを一層深めた。

人間、それも満身創痍の相手から無様にやられたと聞く。
お高い鼻もプライドも、さぞや木っ端微塵になっただろう。
いい気味だ、と女は思った。

「爆の奴はどうしたのさ、一緒じゃないの」

「もはや共にいる意味も無い。首縊島で別れた」

「そう、じゃあ大変ね。今頃あいつにも、追い忍が迫ってる筈だから」

にたり、と残忍な笑みが真っ赤な唇に浮かぶのを、吏将は眉一つ動かさずに見ていた。

「分不相応な事考えるから、こうなるのよ。
光、だって?──笑っちゃう!」

一歩、女が踏み出した。ぱきりと足下の枝が悲鳴を上げた。
吏将の冷淡な瞳を受け流し、女はその顎に手をかけて、引き下ろした。

鮮やかな焔とを狂気を宿した瞳が、吏将の姿を映す。

「あたしたちは忍びなの。生きる場所なんてここにしかない。
闇の中でこそ、あたしたちは息ができる」



「──それがわかんないバカは死ぬしかない。
それが上からのお達しよ」

「それで、お前がここに居るわけか」

ざわりと変貌する吏将の気を察し、女は身を翻して距離を取ると両手を上げた。

「逸るなよ。
…あたしだって暇じゃない。くたばりかけた抜け忍一人始末するために、わざわざ駆り出されると思ってんの?」

「…何?」

「あんたに差し向けられた刺客は、あれ」

親指で指し示したその先に気配を向けて、やっと吏将は合点がいった。
先程から、やけに濃く匂っていた血の、死の、匂いの正体に。

忍の装束を纏った肉塊は、長い草の陰に隠れてひっそりと事切れていた。

「…お前がやったのか」

「そうよ?」

事も無げに言い放った女に、吏将がわずかに訝しげに眉を寄せた。

「わかっているのか、追い忍を殺せば」

「あたしも抜け忍と見なされる…でしょ。

丁度いいじゃん、退屈してたのよあたし。

だからあんたに付き合ってやるわ」

「…何を、世迷い言を」

「やっちまったもんは引き返せやしないのよ、吏将。
仕事も仲間も無くなって、どうせ、あたしもあんたも何もすることないじゃない」

けらけらと女は笑った。

それは暗い愉悦。
そして、残酷な嘲笑。



「──ねえ吏将、闇と光は隣り合わせって言うじゃない。

闇をつきつめていったら、あんたの欲しいもんも手に入るかもよ。

ねえ、悪くないと思わない?」

「くだらんな」

まるで歌うように滑らかな悪魔の囁きに、吏将は鼻で笑った。
瞬後、感情無い吏将の目が女を捕らえた。
その視線を避けることなく、女も同じ瞳を向ける。

…やがて、吏将が言葉を継いだ。

「…死までの余興には、悪くないかもしれんな」



二人の修羅は、笑い合った。
恐ろしく冷えた熱を飲み込んで。
どこへ向かうとも知れない嘲笑を携えて。


──魔界の闇に溶けゆくように、二人の姿は消えていった。



Fin.

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