abyss2

□潔白な君の本音
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あなたが誰と話していようと、笑いかけていようと、泣いていようとも。私にはどうでもよかった。どうでもいいが、騎士の誓いは曲げられず、私は彼女の傍にいて、護衛の任をただ義務的にはたしていた。
彼女はそれを理解していながら私に話しかけ、私の顔が歪むのを見て、楽しそうに笑っていた。その意地の悪い笑みがどうしようもなく気に障って声を荒げたこともあった。
なのに、いつからか、彼女の瞳の奥に切ないものが宿るようになった。私はその意味を深く考えなかった。その答えに行き着けば戻れなくなってしまうと、思ったからだ。





「ルーク様、」

「分かってる」

「いいえ、あなたは何も理解などしておられない。私は何度も申し上げました。必要以上に近づけば戻れなくなると」

「ええ、でも。私、もう」


王城の執務室は誰も近寄れないほどに緊張に包まれていた。
ルーク・フォン・ファブレはジョゼット・セシルの諫言に耳を傾けながらも、戻れないところにいると分かっていた。分かっている。


「……どうして。あの男なのか。私には理解できない」

「ジョゼット……私、わたしっ……!」


ジョゼットはどうにもならないほどの無力感に苛まれた。
幼いみぎりから見守り続けてきた愛しい子を、横からやってきて、あっさりかっ攫っていった男、アスラン・フリングス。殺意と憎悪は一気に膨れ上がった。
今にも泣き出しそうなルークをジョゼットは抱き締めた。


「ジョゼ……」

「何も仰らないで下さい。私は、あなたの騎士。あなたの。私は、」

「ジョゼ、ごめんなさ、ごめんなさい……」


どうしたら良いのか分からないと身体中で言っている。このまま、無理矢理にでも己のものにしてしまえたなら、どれほどに楽なことか。己は男で、愛しいこの子は女。力の差は歴然だ。咲き始めた華を、ここで手折ったなら。
ジョゼットは抱きしめたまま、ルークの唇に指先を触れさせた。とうとう泣き出してくしゃくしゃになったルークの顔が驚きに変わるのを確かめて、己の唇を重ねようと顔を近づける。
が、それは叶わなかった。


「ジョゼット・セシル、今すぐにルーク様から離れて下さい」


冷静を装う、怒りの声。
ジョゼットは顔をしかめて、ルークを己の胸に抱き込むと、帯剣を抜いた。ついと声のした方に視線をくれると、いっそ小気味よいほどに殺気を放つ男がいた。


「お前がそれを言うのか、アスラン・フリングス」


ジョゼットはせせら笑ってアスランを見やった。


「離すつもりはない。どうする?」

「警告は、した」


言うや否や、帯剣にかけられたアスランの手が動いた。


「やめて!」


叫んだのはルークで、動きかけた手を止めたのはアスランだった。驚いたように目を見開いて彼はルークを見つめた。


「なぜです」

「ジョゼは悪くない。ただ、私が」

「あなたは」

「アスラン、お願い」


――あなたは卑怯だ。

絞り出すように言った。そんな顔をされたら何もできなくなる。狂おしいほどに愛している己への罰か。


「私を騙して遊んでいたのなら、そう言えばいい」

「違う!」

「何が違うのですか、ルーク様。一体何が。私はただ。あなたを」


アスランは言い切らないままに執務室を出て行った。逃げるように。
ジョゼットは帯剣を仕舞うと、抱きしめていた腕を緩めた。途端にルークは駆け出していった。迷わず、振り返ることもせず。
ジョゼットは椅子に深く座り込むと俯いた。愛しい子は手の届かぬところへ行ってしまった。


「とうとう振られたか、セシル」

「黙れ、オークランド!」

「おっと、この程度で抜くなよ」


メリル・オークランドは笑っていた。ジョゼットにはそれが気に障って仕方ない。仕舞った帯剣を抜きかけたが、やめた。八つ当たりだと理解していたからだ。


「お前が手をこまねいているうちに、フリングスが一線を越えたか。賭けはナタリア様の勝ちだな」

「賭けていたのか、貴様」

「だから、怒るなよ」

「五月蝿い」


今度こそ、ジョゼットはうなだれた。そうして、頬を伝ったものを無視した。





「待って、ねえ、アスラン!」


ルークは追いついたアスランの腕を引いた。彼は振り返らない。


「何ですか。私を笑いにきたのですか」

「違う、違うよ。私は」

ルークの言葉を待たず、アスランはルークの唇を奪った。無理矢理こじ開けて蹂躙した。深く深く、何度も、呼吸すら奪い続けた。


「あす、ら」


合間に呼ぶ掠れた声はアスランの魂をさらに揺さぶった。
呼吸困難でとうとうルークがくたりと彼の胸に倒れると、アスランはようやく頭が冷えて、顔を真っ青にした。


「ル、ルーク様、……っ!」

「ん、だ、いじょ、ぶ」

「申し訳ありませっ……!」


いいから、とルークは言った。アスランになら奪われてもいい、と。
アスランは夢かと思った。彼女の口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかった。だから、抱きしめた。離れたくないとばかりに。










潔白な君の本音
(今日は月が綺麗だそうだ。月見酒と洒落込むか?)
(……泥酔するぞ、いいのか)
(構うものか。最後まで付き合ってやるさ)
(礼は、言わない)
(そんなものはいらん。俺が勝手にやっていることだからな)










――――――――――
修羅場です。
書きたくて仕方なかった一幕。
ジョゼットは男です。
そんじょそこらの輩などよりルークを愛してます、深く。
でも、アスランに勝てなかった、それだけです。
ジョゼットとメリルは仲がいいと信じてやみません、笑。

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