abyss

□声涸れるまで、泣いて、叫んで、喚いて、足掻いて、僕はただ君の名を呼ぶ
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無性に何もできなかった己が憎くなった。無力で、どうしようもないほどに役立たずで、こんな己のために笑ってくれたイオンが可哀想だ。



「泣いたってアイツは帰ってきやしないよ」



はっとして顔を上げればシンクがベッドの横に立っていた。あんまりに吃驚したものだから、涙がぴたりと止まってしまった。
そのまま動けずに見つめる己にシンクは居心地悪そうに身じろぎしながら悪態をついた。



「何さ。僕がここにいるの、そんなに驚くことなわけ?」


「あ、いや、そうじゃなくて」


「何」


「……ごめん、何かさ、何言っていいのか分かんなくなっちまって」



シンクは下らないとばかりに鼻を鳴らした。

いつも通りの、シンクだ。仮面を外しているせいでイオンの面影を追いそうになって自嘲する。

彼はイオンじゃない。


分かっていても、縋りたくなる。雰囲気は全然違うけれど、心はどこまでもよく似ているから。隠しきれない優しさが時折滲み出て、嬉しくなる。今も、そう。冷たい物言いをしているけれど、傍にいてくれる。きっと彼なりの気遣いなんだろうと思う。



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