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□何故、歩き出さないの?
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シュヴァーン・オルトレイン。帝国騎士団隊長主席。人魔戦争の生き残りで英雄。が、実は死亡していたことが判明。現在は心臓魔導器で生命維持を行っている。シュヴァーンに心臓魔導器を埋め込んだのは――。


「現帝国騎士団団長のアレクセイ・ディノイア……?」

ルーク・フォン・ファブレは個人的な伝手でいつも調査を頼んでいる人物からの報告書を見て、目を見開いた。あの清廉潔白で有名なアレクセイ・ディノイアが死んだ人間を半ば生き返らせるような真似をしたなどと、到底信じることができない情報だった。



今日は久方ぶりに取れた休暇で実家にいる。父も母も兄も、なぜか全員揃って迎えられたものだから、驚いて言葉をなくしてしまった。父と兄はあからさまに安堵した表情だったし、母は今にも泣き出しそうな顔だった。
盛大な昼食会が行われて、まるで何かの祝いかのような様相だった。その昼食会もお開きになり、自室のベッドに寝転がりながら報告書に目を通しているのだが。あまりに不穏な内容で、思わず飛び起きた。


「騎士団長閣下が、ね」


何かを企んでいるようには見えない。少なくとも今のところは。
思考の海に沈みかかると、それを遮るようにノック音で報告書から顔を上げた。


「お休みのところ申し訳ありません。先ほど、遣いが。早急に城に戻るようにと」

「…………ああ、やっぱこうなったか」


ルークはため息をついた。書類の山を片付けて、休みを取れば案の定、だ。おそらくまた執務室は書類の山が何列も連なっているに違いない。おそらく、わざわざ減らして休みを取らせて、また増やしたのだ。何て回りくどいやり方だ。いや、陰険か。


「分かった。かならず戻ると遣いに伝えてくれ」

「はい。かしこまりました」


答えるや否や、ルークは普段着を脱ぎ捨てると騎士団の制服に着替えた。最初は戸惑いがあったが、今は慣れたものである。長い朱金の髪の毛を三つ編みにして背に払うと、普段着をハンガーにかけてクローゼットに仕舞い込んだ。


「ああもう、一日も保たず休暇返上ってどうなんだよ。俺、何かやったっけな」


愚痴りながら手元の報告書を火にくべる。内容はすでに頭に叩き込んであるので、報告書は始末するのが一番だ。どうあれ、国家最重要機密に関わることを個人的に調査など、本来はとんでもない規律違反だ。己の性格で今までよく気取られなかったな、と我ながら褒めてやりたい。
自室を出て、午後の茶会をしている両親と兄に挨拶をして屋敷を後にした。何だかまた複雑そうな顔をされたが、もう気にしないことにした。いちいち気にしていたら身が保たなくなってしまう。ただでさえ今はアレクセイとシュヴァーンの関係が気になって仕方ないのに。
ザーフィアス城に登城するとすぐにアレクセイ親衛隊の人間に捕まり、半ば強制的にアレクセイの執務室に放り込まれた。


「部下が手荒な真似をして済まないな」

「いえ。その、俺に何か」

「君に聞きたいことがある」

「はい。俺で答えられることなら」


言い切らないうちに遮られて、アレクセイの目を見てしまったのが運の尽きだった。


「何を調べている?」

「何のことでしょうか」

「誤魔化す必要はない。何か調べているのはすでに分かっている事項だ。君は正直に答えるだけでいい」

「アレクセイ閣下が何を仰っているのか、俺には分かりません」

「帝国図書館の閲覧禁止蔵書を読んでいたそうだな」

「アレクセイ閣下の雄姿を知りたかったものですから」

「閲覧禁止の蔵書でなくとも探せると思うが?」


ルークは今度こそ口を噤んだ。閲覧禁止蔵書でアレクセイの雄姿とくれば、人魔戦争しかない。アレクセイは嗤っていた。まるで確信を得たり、とでも言うように。瞳の奥は絶対零度の凍土が広がっているようだった。


「ファブレ」

「公爵家に関わることですので、申し上げられません」

「そうか、それは残念だ――では」


躾をせねばなるまいな。

背筋が凍った。アレクセイが軽く右手を挙げると、それまで決して動かなかった親衛隊員たちが一斉に動いたかと思うとルークを引き倒した。殴る蹴るならまだ良いが、男のそれを口に突っ込まれたのにはさすがに嫌だった。おまけに下肢の方も弄くり回されて、最後の方は意識がところどころ飛んだ。慣れない恐怖と、どうしようもない悔しさで頭がショートする。


ルークは悪夢から覚めるように突然目を開けた。熱が出ているのか、身体が妙に熱い。


「ファブレ、大丈夫か」


周りを気にする余裕がなかった。だから、声がして盛大に肩を震わせてしまった。


「シュヴァーン、隊長」

「声が掠れているな。あまり喋らなくていい」

「ここは」

「医務室だ。君が寝ているのはベッド」


本当だ。少し見回せば、すぐに分かったのに。聞いてしまったのが少し申し訳ないような気持ちになった。気持ちが伝わったのか、何かを察するように頭を撫でられた。


「今は眠りなさい。疲れているんだろう」

「でも」


仕事が――そう言う前に瞼を手で覆われた。その温度で身体に入っていた力を抜いた。とろとろと意識が溶けて眠りに落ちていくのが分かった。その後のことはよく知らない。


「眠ったか。ユルギス、報告を」

「アレクセイ閣下の遣いがファブレ公爵家に出されたようです。ファブレはその遣いが城に戻ってから登城しています」

「それで」

「アレクセイ親衛隊がファブレを捕縛した、と。入り口付近の騎士が目撃していました」

「となるとアレクセイ閣下の執務室で何かあったか?」

「おそらく。現在、ルブラン小隊長以下の何人かの騎士に探りを入れてもらっています」

「分かった。お前は執務に戻ってくれ」

「了解しました」


納得していないな、とシュヴァーンは思った。ユルギスはもともとナイレン・フェドロックの下にいた人間だ。ナイレンは人魔戦争以降、アレクセイにことごとく反抗してシゾンタニアに左遷された隊長格だった。だが、彼の有能さは誰もが認めるところだった。有能でかつ人情のある好人物。おそらく、人魔戦争での任務さえなければ、今も家族と一緒に暮らし、アレクセイの忠実な部下であったかもしれない。そんなナイレンの部下だったのだから、納得などできないだろう。ルークが非道い憂き目に遭ったというのに黙って見過ごすのか、と。だいたい、ユルギスはアレクセイのやり方をあまりよく思っていない。アレクセイの企みであったことは知らないもののガリスタ・ルオドーの件に関わり、密かに調べていた。だからこそ、シュヴァーン隊に配属された。監視して下手なことをすれば殺せと命じられている。シュヴァーン自身は殺そうとはもはや思っていないが。



シュヴァーンはアレクセイの執務室でのやり取りを思い出していた。


「お呼びでしょうか」


シュヴァーンは突然アレクセイに呼び出され、執務室にいた。そして、絨毯の上に無造作に転がされている見慣れた朱金を見て目を見開いた。見た目には外傷はないが、憔悴しきった顔が何かあったのだと物語っていた。


「部下に信用されていないようだな」


そう言ってアレクセイは書類を投げて寄越した。中身はシュヴァーン・オルトレイン、自身の経歴や参陣した戦の武功。果ては性格や嗜好について、心臓魔導器のことも事細かに書かれたものだった。シュヴァーンは瞠目した。ことあるごとにシュヴァーンのことを知りたがっていたルークのこと、何かしら調べているのではないかとは思っていたが、ここまでとは。ルークの地位を持ってすれば国家最重要機密に触れることも容易とまではいかないが、許可が下りれば可能だろう。


「単なる好奇心でしょう。ここまで調べきるとは予想外でしたが」

「ふん、好奇心か。身を滅ぼすようなことだと自覚がないだけに質が悪いと思わんのか」

「多少は。ですが、アンタの企みまで暴いたわけじゃない。ここまでする必要があったんですか?」

「ここまで来れば時間の問題だ。私はファブレ公爵家を少々軽く見ていたようだ。評価を改めねばな」

「……ファブレは」

「コレは駒だ。とても大切な」


アレクセイは嘲笑した。己を見る時と何ら変わらない。道端に転がっている石ころ以下を見る目。だが、使えるなら石ころでも使う。使い潰す。いらなくなればあっさり捨てる。シュヴァーンは唇を噛んだ。
腹が煮えくり返る思いが込み上げる。あの男はやはりルークを駒として使おうとしている。そう、己のように手懐けて思う通りに使いたいのだろう。だが、そんなことはさせないと、思った。駒の己が何をとも思うが、けれど、ルークにそんなことはさせたくなかった。純粋に己を慕い、信頼を寄せてくれる少年を無碍には出来なかった。


「連れて行っても?」

「好きにしろ」

「では」


アレクセイはふと気づいたようにシュヴァーンに声をかけた。


「シュヴァーン」

「何か」

「精々手懐けておけ。悪くはない鳴き声だったが、少々足りぬ」

「……っ!」

「何だ、手を出していないのか? これだけ可愛げのある部下ならお前とて満更でもあるまい」

「アンタと一緒にするな!」


シュヴァーンはルークを抱き上げて、ドアを蹴り開けると執務室を出た。一刻も早く医務室に向かわなければと思った。



すやすやとあどけない寝顔で眠るルークの頭をそろりと撫でる。悪夢は見ていないらしい。少なくとも今のところは。
親衛隊の所謂『教育的指導』はトラウマになる。多くの騎士が騎士団を去っていった。帝国の市民権を棄てた者さえいる。それだけ苛烈で非道なのだ。だからこそ、それさえも踏み台にして乗り越えた一握りが未だ騎士団で踏ん張っている。それは静かな反抗。
ルークはどちらに転ぶのだろう。辞めるのか、抗うのか。辞めて欲しい。残って欲しい。シュヴァーンは矛盾に満ちた感情を持て余した。どちらなのか分からない。
ただ、これ以上ルークが傷つかなければいいと、ひたすらに思った――。










――――――――――
ひどいことになってる。
どうしよう。
うう……ルクたん幸せ計画が。
初っ端から頓挫するってどうなの。
すみません。


追記。
ほぼそのままブログからサルベージしました。
加筆修正したいなと思いつつ、してません。
ごめんなさい、土下座。

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