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□始まりの鐘は鳴った
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ユーリ・ローウェルはルーク・ファブレが完全に眠ったのを確認すると携帯電話の電話帳からとある友人の番号を選択して、発信ボタンを押した。短い発信音の後にその友人は実に不機嫌そうな声で『もしもし』と言った。
「相変わらず不機嫌そうだな」
「用件は手短に言え。今立て込んでいる」
「へいへい。――ルークってお前の妹だったよな? 体調崩して今保健室で寝てる。迎え頼めるか」
「ルークが……? そうか、連絡がないから何かあったのかと思っていたが……分かった、学校に迎えをやる。手間をかけたな」
「いや。まあ、これもオシゴトだからなー」
「ぼさけ。お前が保険医やるとか言い出した時は世界の終わりかと思ったものだが」
「ひでえ言い種。俺だって真面目に働けますよ、センパイ」
「まったく相変わらず過ぎて涙が出てくる」
「そりゃ光栄なこって」
軽口を叩き合った後、ユーリは電話を切ると仕事用のデスクに携帯電話を放り投げた。
容姿からしてよく似ていたから妹だろうなとは思っていた。生徒手帳を見て、やはりそうだった。知り合いの妹に何やってんだとか思う反面、少しだけ心が浮き立つ。恋愛なんてもう何年もしていない。だが、何となく始まる予感はあって。先生だとか生徒だとか、そういうのしがらみ確かにあるけれど、始まれば関係なくなるのだろう。
ユーリはルークの寝顔を眺めて穏やかに微笑んだ。
ルークはゆるりと意識を上昇させた。見慣れた天井を見つめながら舌足らずな声を上げた。
「ぅ……?」
「目を覚ましたか。気分は?」
兄であるアッシュの声でルークはここが自分の部屋で、ベッドに横たわっている己を認識した。
顔を横に向けるとアッシュが優しく頭を撫でてくれている。
「あっしゅ……」
「気分は」
「わるくない、けど、すこしだるい」
「そうか。……どちらにしてもお前は留守番だな」
「うー……ごめん、なさい」
「謝るな。お前のせいじゃないだろう」
今日はブァブレグループ系列の会社や関連会社が一同に会するパーティーが行われるため、ブァブレの本家筋の親類は強制参加なのだが、体調が悪いのは一時間やそこらで治るものではない。これは諦めるしかないだろう。
アッシュは優しく笑んで、ゆっくり休むように言い置くと部屋を出て行った。
出て行くアッシュを寝たまま見送るとルークは学校での出来事が不意に頭をよぎる。
「あれって、きす、だよね」
ルークは顔を真っ赤にして毛布を頭まで被った。すごく恥ずかしい。別に初めてなわけじゃないのに。今まで付き合ってきた男の子とキスくらいはしたけど、でも、こんなにドキドキしたのは初めて。ぷはっと息を吐きながら被った毛布から顔を出した。
「あした、おれい、いいに、……いかなきゃ……」
ルークの意識はゆるゆると落ちていった。意識が途切れるその瞬間まで、あの保険医の面影が消えなくて、少し困った。
「お早う……って、アニス、不機嫌全開?」
「オハヨ。そういうルークは嬉しそうだね。さては何かあったね?」
不機嫌そうな顔のアニスにルークは首を傾げたが、あまり突っ込んで聞くような真似はしなかった。そういう時のアニスはいつも何かを心に抱えていて、どうにもならなくてジレンマに陥っている時なのだ。だけど、アニスはルークに助けを求めない。今のところは。きっとまた本当の本当にどうにもならなくなった時に話してくれるか、全部終わった後に報告してくれるか、どちらかだろう。少しだけ悲しく思う時もあるけれど、ルークは気にしないように気持ちを切り替えてアニスの質問に答えた。
「あった。けど、まだ報告できる段階じゃないから言うことないけど、出会いがあったの、それだけ」
「へえ……慎重になったじゃん」
「ん、アニスの忠告に従ってみました!」
ふにゃりと笑うルークを見てアニスは頬を緩めると頭を撫でた。
ルークと過ごす時間はアニスにとって癒やしのようなものだ。屈託のない笑顔や何でも顔に出てしまうところも、アニスにはとても眩しくてたまらない。幸せでいてほしいといつも願っているのだ。
「ルーク」
「なぁに?」
「決着ついたらちゃんと話しなよ?」
「分かってまーす!」
「調子いいんだからもお!」
じゃれつくように抱き付くルークをアニスは柔らかく微笑みながら受け止めて、クラスの男子たちには何者をも寄せ付けない凄絶なる笑みでもって牽制した。
ルークは気がつかないが、彼女が無防備にふにゃりと笑うとそれに引かれるように男女問わずやってくるのだ。女子は許せても男子はアウト。少なくともアニスがそばにいる時はルークを幸せにできないと分かっている男など寄らせない。
(アニスちゃんの目が黒いうちはチャラい奴らなんか寄らせないんだから!)
アニスの決心をよそにルークは担任が来るまでアニスにじゃれついていた。
何度も寝入りそうになりながら授業を受けて、昼休みに入ってルークはアニスとの昼食を断って保健室の前にいた。
昨日のお礼を渡そうと思って、今朝、ファブレ専属のパティシエを巻き込んで小型のシフォンケーキを作ったのだ(と言うにはかなり語弊があるが)。甘いものが好きかどうかは別にして、こういうことは気持ちが大事だと言うし、ルークは気合いを入れ直してノックしようとしたところで、中に先生以外に何人かいることに気がついた。
『ローウェル先生って付き合ってる人っているのー?』
『いねえが、俺はガキにゃ興味ねえぞ』
『えー? 高校生は歴とした大人だよ! ね、あたしの彼氏になってよ!』
『あ、ずっるーい! 私が立候補しようと思ってたのに!』
『オイオイ、ガキにゃ興味ねえっつっただろーがよ』
子供には興味ない――。
何だかツキンと胸が痛んだ。昨日のことは確かにここの生徒だったから助けてもらったんだって分かってる。あれをキスのカウントに入れなければお終いにできる出来事なのかもしれないけれど、ルークにはあれを無かったことにできるほど大人ではなかった。
(子供、嫌いなんだ)
持ってきたシフォンケーキの包みを抱きしめてルークは俯いた。ぼんやりしていたら突然ドアが開いて、中にいたらしい女の子たちの目とルークの目がバチリと合った。
(あ、ヤな予感……)
ルークは内心泣きそうだった。
(どうなっちゃうんだよ……俺)
(誰かいんのか?)
(誰もいませーん。先生の勘違いじゃないですかあ?)
(……そうか?)
(そうですよ!)
不意に翡翠の瞳とかち合って、彼はため息をついた。
始まりの鐘は鳴った
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ネタがすごいことになってます。
ので、書きました。
すみません。
てか、貰ってください、たけるさん!笑
いらなかったらこのまま放置します。