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□極彩色のそれが恋なのだとまだ君は知らない
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ユーリ・ローウェルは泣きそうな顔を見てしまって、ルーク・ファブレに声をかけようとしたけれど、まるでタイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴り、それとともにドアが閉まってしまい、焦った。

(何かヤバイ気がする……)

ユーリは椅子から立ち上がってドアに駆け寄ると素早く開けた。が、彼女たちの姿はもうなくて。


「どこ行きやがった!!」


思わず声が大きくなったが、そんなことに構っていられるほど彼には余裕がなかった。


「あら、ローウェル先生」

「ジュディ! ファブレ見てねえか!?」

「ファブレさん? ああ、二年の。朱い髪の毛の子ね。さっき体育館の方に行くのを見たけれど」

「体育館だな! サンキュ、ジュディ!」


白衣のヒーローは一目散に駆けていった。同期とはいえ、職務中は『先生』と呼ぶのが普通なのだが。


「ふふ、焦ってるわね」


彼女は可笑しそうに微笑んだ。
彼女の正式名はジュディスだが、ユーリに言わせると『呼びにくい』のでジュディになった。ちなみに彼女の担当教科は英語だ。帰国子女であるため発音は流暢で、頼れるお姉さんで、美人でナイスバディなジュディスはいつも男女問わず憧れの的である。


「それにしても」


ルークと一緒にいた女の子たちのただならぬ雰囲気はやはりあれだろうか。いわゆる『ヤローてめえ顔貸せや』みたいな。最近はあまり見なくなったと思っていたのだが、よほど虫の居所が悪かったのか。


「バックアップくらいは必要かしら」


ジュディスは少し考えた。彼のことだ、上手く収めるだろうけれど。だが、変なところで事を仕損じることがあるのも事実。
考えた末、行くことにした。幸い、午後からの授業はない。ジュディスは微かに笑いながら、体育館の方に向かって歩き出す。





体育館裏に連れて行かれたルークは必死に持ってきたシフォンケーキを守っていた。自分の身は守れなくてもせめてこれだけは守らなくては。


「盗み聞きデスカー? 金持のお嬢様は高尚な趣味をお持ちなんデスネー」


別に盗み聞きしたわけじゃない。たまたま聞こえただけだ。
ルークの髪の毛を引っ張って言う彼女の顔は歪な笑みを浮かべている。


『ガキにゃ興味ねえっつってるだろーが』


ショックだったのかもしれない。いつも同じ目線でものを見ていたつもりで、その実、合わせてくれていたんだと分かって。

(そりゃ、虫の居所も悪くなる……が、八つ当たりは勘弁だっつーの)

このままだとせっかく苦労して作った(激しく語弊あるが)シフォンケーキが大破するか、あるいは奪われるか、どちらかの運命をたどりそうだった。


「聞いてんの? ねえ、あんたさ、ふざけてんの?」

「(こんな状況でふざけられる強者がいるならぜひ会ってみたいなあ)」

「どーする? こいつ。金持なんだからさ、金とか巻き上げちゃう?」

「(うーん、カツアゲかあ……何てオーソドックスな展開)」

「いいね、それ! 今日遊ぶ資金にしちゃえよ!」

「(……バイトくらいしようや)」


ルークは黙ったまま、心の中でツッコミを入れつつ、じりじり時機を窺っていた。逃げられるものなら逃げないと。


「てなワケで、お財布どこにあるのかなぁ?」

「教室。てか、俺、あんま持ってないから」

「またまたあ! 嘘言って逃げようとか思ってんじゃないの?」

「嘘じゃない。俺、基本弁当派だから。飲み物も持ってくるし」

「何ぶってんのよ! 金持ちのクセにさあ! 毎日湯水のように使ってんだよねえ?」

「使ってない。必要なものは買う、けど、それだけだ」


ルークは少しうんざりした。聞き飽きたセリフに見飽きた態度。
テイルズ学園は中高大一貫校でいわゆる一般層の中ではかなりレベルの高い学校だが、ルークは高校からの合流組だった。わざわざテイルズ学園を選んだのには理由がある。敷かれたレールから外れたかったのと、彼氏、というか未来の旦那様探し。ただのお金持ちな男性で、ルークの素性を知る人なら間違いなくルークと結婚したがるだろう。何せオールドラントでも有数の資産家でランバルディア財閥の流れを組むファブレ家といえば、知らぬ人間などいない。だが、それでは駄目なのだ。
話が逸れたが、ルークが学園に入った当初、これでもかというほど洗礼を受けた。


『金持ちのクセに何でわざわざ庶民校に来るかな。そっち系の高校に行けよ』

『ファブレさんってやっぱお嬢様だよねー。世間知らずっていうかさあ。もっとオベンキョウしてから来ようねー?』

『何ソレ、奢ってくれんじゃないワケ? うわ、失敗。そういう特典付いてるとか思ってたのに。サイアク!』

『てかさ、アンタつまんないよね』


頭が痛い。吐き気がする。どうでもいいから早く終わってほしい。
ルークは疲れたように目を閉じた。そうして開くと。


「何やってんだ、お前ら!」


女の子たちがびくりと身体を震わせて、その瞬間に掴まれていた髪の毛が離された。ルークはその場にずるずる座り込んで疲れたようなため息をついた。


「やっば! ……っローウェル先生だし! 行こっ!」


女の子たちはその場から逃げていった。が、その先でにっこり笑うジュディスに出くわして、顔を真っ青にした。


「指導室、行きましょうか」


諦めたようにうなだれる女の子たちにジュディスはそう告げた。





「大丈夫か」

「大丈夫です。ご迷惑をかけたみたいで、ごめんなさい」

「謝んなよ。俺が勝手に来たんだ。無事ならそれでいい」

「ああ、はい、無事、です」


ルークは気分が悪かったけれど、昨日の今日でまたお世話になるのはどうかと思い何も言わなかった。だが、ユーリは納得しなかった。安心したような顔をしていたのに、一気に不機嫌な顔になった。


「お前な、そんな顔色で言っても説得力ねえし」

「……大丈夫、これくらいいつものことだもん」

「ファブレ」

「昔からだから。もう慣れたよ」

「意地張んな」


ユーリはルークの頭を撫でた。
ルークは目を閉じたまま、ユーリの手のひらの温かさを感じていた。昔、幼かったルークの世話をしてくれていた彼を思い出す。ルークにとっては父親代わりだった。
ユーリは不意にルークを立たせると手を引いて歩き出した。


「先生って優しいよね」

「先生だからな」

「何ソレ。面白いこと言うんだね」


ルークは可笑しそうに笑った。ユーリは少し首を傾げただけで、黙々と歩き続ける。不思議とこの沈黙が心地良いと思うのはきっと――。










(はいコレ)
(何コレ)
(昨日のお礼?)
(お、シフォンケーキ)
(絶対美味しいから!)
(ふーん)
(何さ)
(美味いな)
(だろ? アスラン特製だからな!)
(やっぱ手作りじゃなかったか)
(……半分だけ手作りだもん)
(あっそ)





もぐもぐとシフォンケーキを咀嚼しながらユーリは、お嬢様にしては頑張ってるなあとか思っていた。
極彩色のそれを恋なのだとまだ君は知らない










――――――――――
一段落。
これでやっとシュヴァルクの続きに着手できます。
いや本気で終わるのか? とか素で思ってました。
だけど、ラストが何かぐだぐだ。
どうなのそれって、遠い目。

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