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□いつもの場所で会いましょう
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ユーリ・ローウェルは洋菓子専門店兼喫茶店『グランマニエ』のカウンター席で甘い珈琲片手に甘いシフォンケーキを食べていた。ユーリは『グランマニエ』の常連で休日になれば足を運び、必ずケーキセットを頼んで、店主であるアスラン・フリングスと世間話をして時間を潰した。
建物は外から見るとはこじんまりと見えるが、中は意外に広くゆったりとして寛げる空間だ。誰が設計したのか知らないが、こういう空間を作る人間は素直にすごいと思う。
創業は古く、確か百年くらいは歴史があるとかないとか。現在この『グランマニエ』のオーナーはファブレグループで伝統を守りつつ、新しいものをということで、世界各国が注目するほどに洋菓子の最先端を発信し続けている。


「そういや、セイランの爺さん元気か?」

「ええ、元気過ぎてこの間ぎっくり腰になりまして。まったく困った人です」

「年を考えねー爺さんだな」

「本当に」


アスランは困ったように笑った。だが、少しだけ嬉しそうでもあった。それもそのはず、アスランの父セイランは五年前まで大病を抱えていて、一時は余命三ヶ月とまで言われていたのだ。だが、それから驚異的なスピードで回復し、今では軽く運動できるまでになった。アスランも覚悟を決めていたところがあったらしいのだが、無駄になったと目に涙を浮かべながら言っていたのをユーリは今でも覚えている。


「こんにちはー!」


カランカランと出入り口の鈴が鳴って少女が一人飛び込んでくる。


「あ、ほんとにいた」


呟きに反応してユーリが振り返ると過日シフォンケーキを片手に保健室にやってきたルーク・ファブレがそこにいた。


「アニスの情報網も結構バカにできないな」


ルークはふにゃりと笑ってユーリの隣に座った。

「アスラン、いつものお願い!」

「はい、準備しますから少し待ってくださいね」

アスランが奥の厨房に消えたのを確認して、ユーリはルークを見た。白いTシャツにフード付きの黒いジャケットを羽織って、スカートは赤いチェックのミニで、ニーソックスとローファー。長く朱い髪の毛は一つの三つ編みにしてフードに仕舞っている。


「ファブレはよくここに来るのか?」

「ルークでいいよ。プライベートなんだから――ん、てか、毎日来てる。この店のオーナー、俺ってことになってるから」

「いや、そういう訳にはいかないから……て、は?」

「ホントだからな! まあ、名ばかりだけどさ……」


呆気にとられるユーリを横目にルークは頬を膨らませた。
確かにまだ十代だし学生だし子供だと自覚はあるが、だからと言ってバカにされるのはちょっと傷つく。


「あ、いや、すまん。お前がファブレグループ総裁の娘だってこと、すっかり忘れてた」

「お嬢様らしくない自覚はあるから別にいいよ」

ルークは軽く笑って帰ってきたアスランの手元を見て目を輝かせた。


「はい、どうぞ。今日の出来映えは良いですよ」

「うん! 今朝頑張った甲斐あったなあ!」

「この調子で他のお菓子もぜひ頑張って作ってくださいね」

「はぁい! いっただっきまーす!」


ルークは目の前に置かれた小さな皿に盛り付けされた出来立てのアップルパイにフォークを刺した。皿の隣にはアイスティーの入ったグラス。


「うん、美味しい! 頑張ったなあ、俺!」


幸せそうに食べるルークを眺めながらユーリは少し暗い気持ちになっていた。
ユーリにとってアップルパイは幸せな思い出と辛い思い出とどっちもあって複雑なのだ。食べることはできるが、進んで食べたいとは思わない。味が違うと分かっていても胸が痛む。


「センセ、どっか痛い?」


ルークが食べる手を休めてユーリを覗き込んだ。何だか一瞬ユーリが路頭に迷う子供のように見えて。もちろん彼は子供な年齢ではないけれど。


「痛くねえよ」

「うん、ごめん。言いたくないことなんだな」

「違う」

「え、っと、ごめん」


ルークは困ったように笑っただけでもう追求しなかった。

アニスとおんなじだ――。

たまに辛くて辛くて仕方ないって顔をしてるアニスとおんなじ。


「なあ、ファブレ。ソレ、一切れくれるか?」

「いいよ。はい、あーん」


アスランが呆気に取られるのを尻目にルークはフォークに突き刺したアップルパイの欠片をユーリの口元に持って行った。


「(どうすりゃいいんだよ。ああ、チクショウ、食えば良いんだろ、食えば!)」


逡巡してユーリは結局差し出されたアップルパイを食べた。口に入った瞬間、ユーリはぴたりと止まった。

懐かしい――。

ユーリの知っている味とは少し違うが限り無く近い。


「どう?」

「美味いな……」

「良かった! これさ、唯一の母さんの味なんだ。家の母さん、お嬢様だったからまともな家事とかしたことなくって。でも、これだけは作れるんだ。って言っても母さんも友達から習ったんだって言ってたけどな!」

「友達?」

「うん。俺はあんまり知らないけどかなり仲が良かったって言ってたかなあ」

「ふうん」


素知らぬ顔で答えたけれど内心は動揺していた。『彼女』が一時期どこかの金持ちに世話になっていたらしいことは知っていたが、まさかファブレ家だったなんて!
さて、どこから話したものやらとユーリは頭を悩ませた。が、結局何も話せず、ユーリは口を閉じたままでいた。
ルークは追求しない。話したいと思うまで何も聞かない。ルークも黙ってアップルパイを食べた。
何も話さないまま時間が過ぎて、そのまま流されるように店を出て、ユーリと別れてルークは屋敷に戻った。


「また、会えるかな」


呟きは誰にも聞かれることなく消えた。
二人が『グランマニエ』で休日を一緒に過ごすようになるのはもう少し先のお話。










(私はどうしたら……!)





アスランは至極困った顔で二人が出て行くのを見送った。
いつもの場所で会いましょう









――――――――――
終わり。
まったりお茶した話。
けど、どことなく薄暗い?
ごめんなさい、土下座。

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