戴き物のお部屋

□Trick or treat!
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※ルーク in TOV/(ユリ→←ルク)



本日買い出し係となった3人の女性陣。
そのなかで、特にうっきうきのテンションで宿へと戻って来たのはエステルである。
すでに日も暮れ、他の客はそれぞれ部屋で休んでいるのか、ロビーはだいぶ静かだ。
そのロビーで、ユーリ達は女性陣を待ちながら
本を読んだり武器の手入れをしたりと、各自自由にしていた。
しかし、女性陣が帰って来たことで、その場は一気に賑やかになる。


「ルーク!ルークは何処です?」


目をキラキラさせたエステルが、唯一姿が見えないルークをきょろきょろと探しだす。


「ルークならさっき日記帳取りに行くって部屋に戻ったけど…」


どうしたの?と、尋ねたのはカロルだ。
子供のようにはしゃいだエステルのハイテンションに、ユーリとカロルは思わず顔を見合わせる。
軽く居眠りをしていたレイヴンも、興味をそそられたのかパチリと片目を開けた。


「よかったわね〜ガキんちょ。あんたとルークにお土産持って来たわよ」
「…え゙」


腰に手を当てたまま、リタはニヤリとした悪い顔になった。
反対に、カロルの態度は若干引き気味になる。
リタがこういう顔をした時は、大抵、無茶なことを押し付けられるか、
はたまた玩具にされるか…今日は台詞からして後者かもしれない。
そんな時、トントントンと軽やかな足音が近づいてきて、階段から明るい声が降ってくる。


「おかえり!エステル達戻ってたんだなー」


暇つぶしに日記を書くつもりだったらしい。
日記帳を手にしたルークが、なぜか項垂れているカロルに首を傾げながら、皆のもとに駆け寄る。


「ルーク!」

「え?うわっ!」


ぱぁっと顔を輝かせたエステルは、待ってました!と言わんばかりにルークの両手を掴んだ。
え?え?っと思っている間に、自然と彼女と向き合う形になるルーク。


「え、エステル…?」


ルークは大きな翠色の瞳に覗き込まれ、思わずどきまぎしてしまう。
しかし、ガサゴソと袋から出されたモノを見て、ルークは見事に固まった。


「…………ね、ねこみみ?」

「違います!狼の耳です!」


そういう問題じゃねえ!と、ルークはがくりと肩を落としそうになるが
何とか気力で持ち堪える。


「い、いや、だから!何でそれがここにあんだよ…っ」

「買い物をしていたら、お店の人からオマケで頂いたのよ」


――今日は、ハロウィンだから。
言いつつ横にいたジュディスが、抗議しているルークの頭にちゃっかり狼の耳をつけた。
カチューシャ式のそれは、ルークの頭にしっかりとフィットする。
灰色の獣の耳が、朱い髪にはよく映えていた。
「お、」と声に出しかけて手で口を押さえたのはレイヴンである。
可愛いじゃなーい、と言いかけて止めたのは
それを言えば、何となく隣に座る青年にぶった斬られそうな雰囲気だったからだ。


「…はろうぃん…」


ルークは、ポツリ、と呟く。
聞いたことはあるが、実際にやったり見たりしたことは一度もない。
オールドランドにいた頃は、そんな環境も、時間も、自分たちにはなかった。


「とっても似合いますよ、ルーク!」


ぼんやりと思考を飛ばしていたが、その言葉にはっとなる。
そしてそのまま、慌ててカチューシャを自分の頭からもぎ取った。


「ああ、もっと見たかったのに…!…残念です」
「いいから!残念がらなくていいから!」


本気でガッカリするエステルに食ってかかった時。
バチリと、不意にユーリと目が合った。
―――が、逃げるようにふっと目を反らされてしまう。

(…う、うそ…!)

ガーンっと、ルークの頭にものすごい衝撃が走ったのは、当然ショックのせいだ。

(ぜ、ぜったい、変だと思われたんだ…っ)

しかも、ユーリに。
それが、恥ずかしいやら、情けないやら。
羞恥で、自分の顔がかぁっと赤くなるのが分かった。
くそぅと、一瞬このブツを床に叩き付けたい衝動にかられる。
が、目の前にいるのはエステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。
狼姿のルークがツボだったらしく、彼女は未だにうっとりと余韻に浸っている。
そんな彼女を見て、ついにルークはガクリと項垂れた。
からかいや悪戯ではなく、純粋な好奇心に満ちあふれたエステル。
とてもじゃないが、彼女の前でそんなことはできそうもない。

(…つーか、そんなことした日には、リタが黙ちゃいないだろうし)

もしルークがエステルを泣かせようものなら、即、リタの秘奥義が飛んでくるに違いない。
ルークはうぅと唸るように俯いた。

しかしながら。

さて次にと、狼の尻尾を持ってスタンバっていたエステルを見て、流石のルークも肩を引く。


「…ねぇ、何でこれ着けるのがルークと僕だけなの?」


いつの間にか、同じ様なカチューシャを付けられていたカロルが不満そうに口を挟んだ。
それに便乗して、ルークも懸命に頷く。
今はカロルの仮装に突っ込む余裕もない。


「だってオマケで貰ったのは二つだけだもん。
だったらお子サマ二人に譲るのは当然ってもんでしょ」


一人目として数えられたカロルは「うーん、」と微妙納得した態に入るが、二人目として数えられたルークはたまったもんじゃない。


「ちょ、ちょっと待ったっ!何でお子サマの頭数に俺まで入ってんだよっ!?」

「何でも何も、実際あんた七歳児じゃん」


何を今さらと、リタから当然のように追撃される。
た、確かにそれを言われると弱い、しかし。


「一応、俺はもう17なの!お子様じゃぬぇーの!」

「あら、どっちでもいいじゃない。可愛いわ」


ふふ、とジュディスは猫のように笑った。
そんなざっくばらんに言われてしまえば、ルークの訴えも無駄に終わる。

(…自分の見てくれで調子に乗れるほど、脳天気じゃねーもんっ)

整った顔立ちならまだしも。
特別キレイな顔でもない自分が、そんなもの似合うとは思えない。
先ほど、ユーリに目を反らされたのがいい証拠だ。

(…つか、たぶん、呆れられたし…)

ルークは思わずしょぼんと眉を下げた。


「…とにかく、これ返すよ」


ルークが脱力したようにカチューシャを差し出すが、ジュディスはそれを受け取ろうとしない。


「せっかく似合うのに勿体無いわ」

「で、でもさ、」

「…ねぇ、ユーリ。貴方もそう思うでしょう?」


みんなが遠巻きに傍観するなか、ジュディスはルークが一番話を振ってほしくない人物を名指しした。

(そこ!?そこ振んの!?しかもよりによってユーリに…!?)

内心悲鳴を上げながら、ルークは困惑しきってユーリのほうを窺った。
ユーリはユーリで、いかにも何気ない様子で口を開く。


「…いいんじゃねーの。減るもんじゃねぇし、貰っとけば」

「なーによ青年、愛想のない返事ねぇ〜。
ちょっとは乗せるような言葉の一つや二つ、言ってあげればいいじゃなーい」


ねー?と可愛くレイヴンに同意を求められるが、ねーと可愛く返す気力はない。
それよりも、素っ気ないユーリの態度がルークには気がかりだ。
すると、ジュディスが首筋にするりと腕をかけてきた。


「大丈夫よ。彼、照れてるだけなんだから」

「……うっそだぁ…」


とてもそうには見えないけど…。
ルークの不安を察したように、今度はさらりと頭を撫でられた。
その色めいた仕草にドキドキしてしまう。
い、いや、これは不可抗力だしっ!と、意味もなく自分に言い訳する。


「ふふ、後でとっておきの台詞、教えてあげるわね」


綺麗にウィンクをしせみせたジュディスは、
甘い声で甘い言葉を囁いた。



今日の相部屋はユーリだ。
ルークにとって、片想い中の人と部屋が一緒というのは
勿論嬉しいし贅沢なことなのだが…
心臓に悪いのも確かなわけで。
イスに腰掛けながら黙々と刀の手入れをするユーリ。
そんな姿がカッコイイ、―――とか思ってしまうのがもう完全にビョーキである。
未だに書き終わらない日記に躍起になりながらも、ユーリが気になってなかなか筆が進まない。
とうとうルークは日記を投げ出し、ごろんとベットに転がった。
――自分の気持ちを自覚してから、ユーリに対する挙動を落ち着かせるのにこれでもそこそこの期間を必要とした。
が、それでもやっぱり一対一はまだ慣れない。

(……カロルとレイヴンの部屋にでも行こうかなぁ)

などと打算が浮かんだ瞬間に、ユーリの顔が上がった。


「風呂先に入ってこいよ。疲れてんだろ?」

「!…い、いや、俺なら全然だいじょうぶ。
えーと、ユーリ先に入れよ。俺は日記終わってからにするし」


ふーん、などと窺うような表情されれば、思わず目が泳ぐ。
自分の挙動不審さは百も承知だが、今はこれが精一杯だ。


「書くことないんならハロウィンのことでも書いたらいいだろ?」


ユーリが立ち上がりながらそんなことを言う。
それが日記のことだと分かり、ルークはぅげっと顔をしかめた。


「じょーだん…、ハロウィンっつっても軽い仮装みたいなことしただけじゃねーか」


あれを仮装と呼べるのかも怪しいものだけど…。


「そーそー。その軽い仮装もどきとやらを書けばいいじゃねーか」


明らかにからかう意図でにやっと笑ったユーリに、ルークの緊張もちょっとだけ弛む。
だからつい、口も滑った。


「いやに決まってんじゃん。俺は、ユーリみたいにキレーな顔してるわけじゃねーし」


言い終わると、ユーリが意表を衝かれたような少し驚いた顔をしていた。

(…あ、あれ?)

それを見て、自分がけっこう大胆な台詞を滑らせていたことにようやく気付く。
つか、

(本人目の前にしてなにキレーとか愉快なこといってんだよ俺っ!)

自分の迂濶さにルークは内心で頭を抱える。
ダメだなんか他のこと…!と浮かんだのは、美しくも色めかしいクリティア族。


「あ、あとジュディスとかなっ。大人っていうかキレーだよな!」


慌てて言い繕えば、何故かユーリは複雑そうな顔になる。
「……ジュディ、ねぇ」などというユーリのつぶやきは、ルークの耳に届かなかった。
何かまずいことでも言っただろうかと冷や汗が垂れる。
が、今さら撤回もできない。
そんな彼の態度に混乱しながら、風呂場へ向かうユーリの背中を見送った。



ユーリが風呂に入っている間に、ルークはさっさと日記を終らせる。
結局日記には、ハロウィンのことをさらっと書いて後は適当。
ルークはベットに寝そべりながら、彼女たちから貰った仮装セットをぼんやりと眺めた。


「…ハロウィン、かぁ」


正直なところ、ハロウィンという行事が
何のためにあるのかとか、どんなことをするのかとか、詳しいことはほとんど知らない。
ただ、ジュディスが教えてくれた"とっておき"とやらの言葉と目の前の仮装セットで、何となくの雰囲気はわかった。
ルークは狼の耳だけ手に取って、窓際に立つ。
ガラスごしに外を覗けば、満天の星空と平凡な自分の顔が写った。

(……せ、せっかくだし…ちょっとだけ、)

と、こっそり狼の耳を頭に着けてみた。
勿論、ユーリがまだ来ないことを確認してから。…で、実際に着けてはみたものの、

(うわー、気持ち悪いっていうか…なんか変なかんじ)

エステルやジュディスは、これを「可愛い」と言う。
自分ではそれがさっぱりわからないし、
そもそも「可愛い」と言われて喜んでいいのかは微妙なところだ。

(まぁ、ティアあたりは喜んじまいそーだけど)

くすくすと笑いながら、不意にジュディスが甘く囁いた言葉を思い出す。


『ハロウィンではね、怪物に仮装した子供たちが決まってみんなこう言うの、』



「とりっく、おあ、とりーと」

「…あいにく、お菓子の持ち合わせはねーなぁ」


突然声をかけられ、ビクリと肩が跳ね上がる。
驚きのあまり、声も出なかった。
バクバクと煩い心臓を押さえながら、ぐぐぐ、と振り返れば。
意地悪そうな笑みを浮かべたユーリが、肩にタオルを掛けた状態で立っていた。


「ゆ、ユーリ…」

「ひとりでつっ立って、なーにやってるかと思えば…」


くつくつと笑いながら、ユーリはルークに歩み寄る。
自分の行動を振り返ってみれば、たしかに顔から火が出るほど恥ずかしい。


「こ、これは、そのっ」


言いつつ、急いでカチューシャを取ろうと手を伸ばすが、ぐっと、その手を掴まれてしまう。
ぎょっとして顔を上げれば、強気な深い瞳と目が合った。



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