戴き物のお部屋

□欲ばり
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「そろそろ付き合って3ヶ月経つんだっけー?」


学校の休み時間、アニスに唐突にそう訊かれルークは照れ隠しがてら机に目を落とした。


「う、うん、まあ」


正確には4ヶ月だ。
出会った頃を含めれば、一緒にいた期間はもっと長い。


「へぇー、でもまさかあのユーリ先輩とこのルークがくっついちゃうとはねぇ〜」

「このって何だよ!このって!」


小声で揶揄するアニスにすかさず噛みつく。
だが持ち前の好奇心はまだまだ健全らしい。


「一般的にはすることしててもおかしくない期間だけどねー」


アニスはそこで一旦首を傾げ、「もうした?」というあからさまな野次馬モード全開の質問に、ルークの声は裏返った。


「な、ななんでそんなこといちいちアニスに言わなきゃなんねーんだよッ!!」

「あれれ〜?先輩とまとまるきっかけをあげたのはドコのカワイー女の子だったっけー?」


あ、おバカなルークはもう忘れちゃったかなー?と、にやにや半目で覗き込んでくるアニスに、ルークはうっと言葉を詰まらせた。

―――確かに

今こうしてユーリとまとまっていられるのは当時、相談に乗って一緒に頭ん中を整理してくれたアニスがいたからだ。
アニスは嫌味な口調が玉にキズだが、普段は明るくて友達思いのいい奴で、同時にルークとユーリが恋仲という、ある意味ビックニュースを知る数少ない友人の一人でもある。


「で?」


アニスの好奇心は未だ収まる気配を見せず、身を乗り出した。
ルークは伏せていた目線をちらっと上げて、躊躇しながら恥ずかしそうに白状する。


「て、手は繋いだけど……」

「繋いでなかったらびっくりするちゅーのそんなもん!あたしが会話してんのは小学生か!」


アニスから激しいツッコミが入った。


「あっついチューの一つや二つはもうかましたかって訊いてんの!」

「ぎゃ――ッ!!!」


ルークは叫ぶなり急いでアニスの口を手で黙らせ、辺りをきょろきょろと見渡しほっと息を吐く。
幸い、周りには聞こえていなかったようだ。


「んで?どーなの、キスした?」


口を塞いでいた手を払われ、再び直球の質問。
ルークはうぅっとたじたじになりたがらも、小さく口を開く。


「まだ…してない」


ルークは困った様に、へにょっと眉を下げた。
本当は付き合う前に一度、ヤケクソの様なキスはされているが…
付き合ってからという条件ならまだだ。

第一、

正直なところ、ルークにしたらユーリと付き合っていること事態、信じられないようなことで、夢じゃなければいいと、いつも思う。
一緒にいるだけで、楽しくて、ドキドキして、心があったくて
すごく、すごく、幸せだなぁって、思える。
むしろ、それ以上を望んだりしたらバチが当たりそうだ。
それを聞くなり、アニスはわしゃわしゃと頭を掻きむしる。


「うっわー!何それ!どこの純情乙女ヒロインよあんた!!んなもん今時流行んないっちゅーの!!」

「だ、誰が狙うかんなもんっ!」

「わかんなーい!先輩はアンタのどこに惚れたのさー!てかどんな悩殺テク使って誘惑したわけーっ!?」

「人聞き悪ィこというんじゃぬぇえええっ!!!」


ぎゃーぎゃー煩い言い合いが終息してから、
アニスがはーっと溜息をついた。


「あーあー、先輩がアンタに下手に手ぇ出せないのも頷けちゃうなぁー。なんせ相手は手強い純情乙女ヒロインだし」


まだ言うか…!!と心の中で反駁してから、ルークは徐々にしゅんと肩を縮めていく。


「やっぱ、しないと変、かな…?」

「変っていうか、ぶっちゃけしたいかしたくないかじゃん〜?」


若干投げやりの返事に、ルークは頭を抱えた。
キスを、したいか、したくないかと訊かれたら…
そりゃしたい、…と思う。

でも、手を繋いだだけで

目を見ただけで

怖いくらい心臓が跳ねるのに、その先を…なんて考えた日には、心臓がどうなるか分かったもんじゃない。
…というか爆発するんじゃないだろうか…

いや、マジで。

そもそも、


「なあ、ユーリもやっぱそういうの…したいかな?」

「知るか!本人に訊け!」


もうやってられんと、アニスは完全にやさぐれモードだ。


「訊けるわけねえだろ、そんなこと…!」


俺とキスしたいか、なんて。
―――気になるけど!!すっげー気になるけど…!!



結局、やさぐれアニスの機嫌を取ることに終始して、休み時間は終了していった。

昼休み

ルークはいつものように中庭でお弁当を広げていた。
隣に座るのは勿論ルークの意中の人、ユーリ・ローウェル。
雨の日や冬の季節以外はこうして外で食べるのが二人の日課になっている。
葉っぱの匂いとか、ぽかぽかのお日様とか、虫の音とか
そんな自然の空気がわりと好きで、いつもほくほくしながらお弁当を食べるのだが…


「おーい、ルーク?」

「……へ?な、なに?」

「なにって、…お前ご飯粒すっげー溢してんぞ」

「ええっ!!?」


下を見ると口に届く前に箸から溢れ落ちたであろうご飯粒が、あちこちにぽろぽろと散らばっていた。
ルークはわたわたと慌てて一つ一つ摘んで口に運ぶ。


「人の顔見たかと思えば、突然ボケッとしだすんだもんな」


不審がるユーリの台詞に心臓がぎくっと飛び跳ねた。


「そ、そうか!?そんなことねーって!」


内心思い当たる節があるので、おかずをつっつく箸の手付きがぎこちなくなる。
ルークが凝視していたのはユーリの顔―――というよりも唇だった。

(くそぅ…アニスが変なこと訊くから…っ!!!)

心の中で思わず文句が出る。
先ほどのアニスとの会話が頭にちらついて、ついついユーリの口を目が追ってしまうのだ。

(おれって、えっちだ…っ)

熱を持つ頬を、さっき買ったココアの缶でそっと冷やす。

(…ゆ、ユーリは、俺と、キスするのいやじゃない、かな…)

気持ち悪くないかな
がっかりしたりしないかな

そんな些細なことが

気になって、気になって、気になって、

もんもんとしてしまう自分がすごく、恥ずかしい。
ちろっと目だけでユーリを見れば、可笑しそうに笑った顔と視線がぶつかる。


「まあお前の狙いなんて何となく想像はつくけどな」

「え゙っ!!!!」


まさか心の内を見透かされたのかと、ルークの体がピシィっと硬直する。続いて冷や汗がダラダラと流れ出た。
自分がこんなヤマシイこと考えてるなんて知られたら……

(き、嫌われる…っ!!!)


「ち、ちが…っ、おれそういうんじゃなくて……っ」

「コロッケ食いたかったんだろ?んなガン見しなくても分けてやるって」


言いつつ、ルークの弁当箱にひょいっとコロッケを置くユーリ。
予想もしてなかったユーリの発言と行動に、ルークは目をパチパチとさせた。


「へ?…ころっけ?」

「何だ、違うのか?」


二人そろって首を傾げる、という不可思議な光景から慌てて脱したのはルークだ。


「――そう!食べたかったんだよ、激しく!ユーリの手作りコロッケ!!」


嬉しいなぁ、とルークはいそいそコロッケを口に運ぶ。
ユーリは未だ首を傾げていたが、そこは敢えてスルーだ。
内心ごめんと思いつつも、もぐもぐと口を動かせば口内に広がるのはユーリの得意料理。


「うまぁ!ユーリのじゃがいもコロッケ!」


「そいつはどーも」


美味しそうに食べるルークを見て、ユーリの顔も思わず弛んだ。
ルークも釣られてへへっと笑う。

――ああ、こういう瞬間が、一番、好きだなあ

ユーリが笑うと、俺も嬉しいし
心がほわりとあったかくなって、すごく安心する。


「そーだ、俺のオカズも好きなの選んでいーぞ!」


にこにこと機嫌良く弁当箱を差し出せば、ユーリは目を細めながら朱い髪をぽんぽんと優しく叩いた。


「いーから、全部お前が食っとけ」


腹減ってたんだろ?なんて優しく言われてしまえば、それ以上勧めることもできない。
それはそれで、ちょっと残念だ。
暫くすると、ユーリはそんな気持ちを察してか、ルークが買ったココアをひょいと手に取った。


「んじゃー俺はこっち貰っとくわ」


あ、と思う暇もなくユーリは缶を傾けた。
ごくり、ごくりとユーリの喉が動く。
その様に、ルークはぅわぁっと見惚れる反面、

(こ、これって、間接き…!!)

と、再び意識がそっちに集中し、顔が一気に赤くなる。
せっかくキスのこと、忘れてたのに…!と、やつ当たりの行き場もなく
ルークはうぅっと唸りながら俯いた。

…これは、あれか?

もういっそ開き直って、スパッと訊いた方がいいだろうか?

「ごっそさん」と言ってココアを置いたユーリを、ルークは難しい表情をしながら見つめる。
…ようは訊き方の問題だ。
俺とキスしたいか?は、流石にちょっとアレなので、もっとオブラートに包んだ感じで。
ユーリはキス得意?…ってこれじゃただのチャラ男だ。
ユーリの初キスっていつ?……うーん……
話の出だしとしては、無難ちゃ無難だけど…
何の脈絡もなしに切り出すのもどうなんだ?
…まあ、さっきのよりましだけど…
何よりこの辺りがルークのボキャブラリーの限界だ。
ルークはごちゃごちゃした考えをようやくまとめると、心の中で気合いを入れる。


「あ、あのさ、ユーリ」
「ん?」

「ちょっと…変なこと、訊いてもいいか?」


どきどきと、急に心臓の音が早くなった。
これは、なかなか
…いやかなり、緊張する。
ルークはこくんと小さく唾を飲み込むと、恐る恐る話を切り出した。


「その、ユーリのさ」


どき、どき、どき、


「は、は初、きす、って…―――」


その瞬間、ユーリの眉間に皺がよった。
その表情にえ、と一瞬固まるが、
どうやらその表情の矛先はルークに向けられたものではなかったらしい。不意に背中をポンと叩かれた。


「よ、ルーク!」


聞き覚えのある声に驚いて振り返れば、そこには爽やかなユーリのクラスメート


「セシル先輩…!」


素直に目を丸くしたルークとは裏腹に、出やがったなと悪態をついたのはユーリだ。
セシルと呼ばれた青年はルークの肩に手を置くなり
「ガイでいいって」と、わしゃわしゃ朱い髪を撫でるが、
ルークにしたら素直に頷くのは戸惑われる。
いつも何かとルークにちょっかいをかけに来るこの先輩。
名前はガイ・セシル。
普段ユーリとは特別仲が悪いわけではないが、ルークのことが絡めば話は別だ。


「何か用かよ」


ユーリは不機嫌な顔と声を隠そうともしない。
しかしその態度に、ガイは小揺るぎもしなかった。


「いや?ルークの姿が見えたから会いに来ただけさ」


その発言にルークは内心「ひゃあっ」と悲鳴を上げる。
その内容も端から聞いたら恥ずかしいことこの上ないが…
何よりそのさらっとした言い草が、ユーリを逆撫でしないか心配だ。
何だか空気もピリピリしているような気も…しないでもない。
やばい、話題を変えよう、とルークは必死に頭をフル回転させる。


「せ、セシル先輩はもうお昼食べたんですか!」

「ああ、けど飲み物が切れたから外の自販機まで買いに来たんだ」


校内にも自販機はあるが外の方が台数や品数が多いので、わざわざ足を運んだんだろう。
状況が状況なだけにあまりすんなりと笑顔が出てこないが、
「そーなんですかー」と一応笑ってみる。
それを気にした風でもなく、ガイはふと、ルークの隣に置いてあるココアに目を落とした。


「お、ココアか一口貰うな」


と言うなりガイはひょいと缶を持ち上げる。
その行動にルークは思わず弾かれるように顔を上げた。

ちょっ、その缶は……!!
それさっきユーリが口にしたやつで!

…っていうか何で今日に限ってココア需要度高ぇんだよっ!?

―――とか何とか言ってる場合じゃなくて――ッ!!!

などと内心キリキリしている間にも、缶を口に運ぶ距離が縮まる。


「わっわっわっ!!!」


ガイが缶に口をつける前にルークはそれを慌てて奪い取った。
缶を胸に抱えてとっさに口を開く。


「だめですこれはさっきユーリが飲んで……ッ!」



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