戴き物のお部屋

□巡り始めた季節の先へ
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リタは、アスピオの端に建つ小屋の2階で本棚から次々と本を手にとっては、投げ捨てるように床に積み上げていく。

「これじゃない……これでもないし…………、……っああもうっ!どこやったのかしら」

「リタっち、あんまりイライラするのは身体によくないわよ?」

「うるさいわね!口動かしてないであんたも探しなさいよ」

階下から聞こえた声に噛みつきながら、けれどリタは書棚を片っ端からかき回す作業止めることはない。

リタとレイヴンは、アスピオのリタの小屋に立ち寄って探しものをしていた。

レイヴンは一階、リタはニ階、と手分けして探しているのだが目的のものは一向に見つかる気配がない。

「昔どこかで読んだはずなのよ、この理論と類似した研究論文。あれがあればより確実にエアルを変換させるための手がかりになる……っ」

自分の考察に自信がないわけではない。

エアルをマナに変換させることは理論的には可能なはずだ。

けれど、それには満月の子であるエステルの力が必要であり、ならば当然のように危険をはらむ。

ほんの少しでもリスクを軽減できる可能性があるのなら、やれることは全てやっておきたい。

以前は読み流していた論文の中に類似した研究があったような気がして探しに来たのだが、乱雑に並ぶ大量の書物の中からなかなか見つけ出せずにいた。

「あの本があれば、少しはエステルの負担を減らせるかもしれないのに……」

「…………」

床にあぐらをかいて、吹き抜けになった二階で本棚を漁るリタを見上げていたレイヴンだが、ふと視線を下ろし、部屋中に積み上げられた本の山脈を見渡した。

所狭しと部屋を埋める本と魔導器と、それに関わる機材、実験機器、壁に貼られた大量のメモ、黒板に描かれた術式、そして最低限の生活用品。

「…………」

春を告げる日差しのように、胸の中が温かくなった気がした。

「……ぎゃあっ!?」

ヒュッと風を切る気配がして、レイヴンは反射的に首を反らして頭を横に傾ける。

その直後に耳の横スレスレ、今まで頭があった空間を飛んでいった何かが背後の壁に激突してバサッと下に落ちた。

「ちょ……っ、リタっち!?何でいきなり本投げるわけ!?」

「あんたがニヤニヤしてるからよっ!」

「えっ……?………ありゃ。ほんとだ」

自分の頬にぺたりと手を当てて、レイヴンは苦笑した。

「時間もないし遊びじゃないのよ!あんたが手伝いたいって言うから連れてきたんだからね。ちゃんと真面目に探しなさいよ」

「あー。うん、そうね」

ははっ、と笑う。

レイヴンは手近にあった本を手にとった。

それはやはり、魔導器に関する研究書で。

レイヴンは本から目を離して、もう一度部屋を見渡した。

どこを見ても、辞典のように厚い年期の入った本ばかり。

その中に世俗的な読み物などはなく、どれもがエアルや魔導器に関する本なのだろう。

魔導機が好きで研究に明け暮れていただろう、アスピオの小さな天才。

この部屋はいかにも彼女らしくて、レイヴンは口元を緩める。


ああ、そうか。

ここには、リタの生きてきた「時間」が詰まっているからだ。

だから、この部屋はこんなに温かい。

彼女のように、生き生きと温かいのだ。


「……リタ、愛してるぜ」

ゴッ!!


今度こそ顔面を直撃した厚い本に、レイヴンはバタリと後ろに倒れた。

「だーかーら、ふざけてないで真面目にやれっつってんでしょうが!次言ったらファイヤーボールだからね」

二階から本を投げつけた姿勢のままリタが言った。

「まったく」とか「ふざけてばっかり」とか、ブツブツと呟きながら、リタはまたすぐに書棚へと向かって作業を再開する。

顔面で本を受け止め床に倒ていたレイヴンは、本の端を掴んで少しだけ持ち上げる。

開けた視界に、真剣な顔でページを捲る少女が映る。


「……冗談、ってわけでもないんだけど、ね」


ポツリと、レイヴンは呟いた。

この部屋で、大好きな魔導器の研究を続けてきたリタ。

今、仲間のために必死で解決の糸口を探すリタ。

彼女は、心を許したものにはいつだって全力で向き合う。

惜しみなく、想いを向けるのだ。

その想いは、いつだって真っ直ぐで。


「…………」

レイヴンはヒョイッと音もなく身軽に上体を起こす。

リタに投げつけられた本のページを開くと、フッと唇を持ち上げた。

「………まったく。眩しいねぇ」

「何か言った?」

見上げると、こちらへ向けられた深い新緑の瞳と目があった。

「探してる本、これじゃないの?」

「うそっ」

大きく目を見開いて、リタが階段を駆け下りてくる。

レイヴンの持つ本を奪い取ると、食い入るようにページを見つめた。

「……これだわ!」

リタは両手で持っていた本を閉じ、それを小脇に抱えて出口に向かう。

扉を開けたところでリタが振り返った。

「何してんの、行くわよ、おっさん」

「……」

レイヴンは、扉の前に立つ少女を見つめる。


……そうやって。

当たり前みたいに、待っていてくれる、呼んでくれる。

そんな彼女に、どれだけ救われただろうか。

その真っ直ぐな心は、春の大地に降り注ぐ日差しのようだ。

眩しくて温かくて、眠っていた草花さえ目を覚ます。


「……リタっち」

「なに?」

レイヴンは晴れ渡る空を見上げるように瞳を細めて笑った。

「行こうか」



眩しくて温かくて、目が覚めてしまったから。

だからオレも、この世界を守りに行こう。

未来にもきっと、命が生き生きと芽吹く暖かな春の日差しが降り注いでいるだろう。





巡り始めた季節の先へ





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