戴き物のお部屋
□猫と独占欲
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「ジェイド、相談があるんだけど…」
部屋に入ってきたルークは、開口一番そう切り出した。
ジェイドは本から目を離し、椅子に座ったまま ルークに顔を向ける。
「何ですか?」
「えっと、オレの友達がさ……」
「はい」
「誕生日なんだけど、何をあげたらいいかな?」
「ふむ……」
ジェイドは眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。
「私からのアドバイスとしては…」
「うんうん」
真剣な顔で言葉の続きを待つルークに、ジェイドはにこやかに一言言いのけた。
「助言を求める相手をもう一度考え直すことをお薦めします」
拍子抜けするようにカクリとルークの肩が傾いた。
「………それって、ジェイドには聞くな、ってこと?」
「というより、他に適任がたくさんいるでしょう。自分で言うのもなんですが、私は誰かの誕生日など上辺でしか祝ったことなどありませんからね。アドバイスできることなど、ないと思いますよ」
「…………」
話は終わったとばかりに、ジェイドは読んでいた本に目を戻した。
ルークは無言でその場に立っていたが、しばらくして動く気配がしたかと思うと、ジェイドの視界にルークの靴が映る。
顔を上げると、少しだけ拗ねたような顔をしたルークがいた。
「ルーク?」
「…それでもオレは、ジェイドに一緒に考えてほしいんだけど」
「なぜです?」
「え?……えっと別に……理由なんかねーけど。……いいだろ?」
「……まぁ。構いませんが。本当に、大した助言はできませんよ」
ジェイドの返事に、ルークの顔がパッと輝く。
「いいんだ」
「はぁ……」
ジェイドはどこか得心がいかないながらも、とりあえず本をとじてセオリーであろう事柄を尋ねてみた。
「それで、その友人の好きなものは?何か知っていますか?」
「うーん……あ、猫が好きかも」
「猫、ですか」
「うん」
「でしたら、何か猫にちなんだものを差し上げてはいかがですか」
「例えば?」
「それは自分で考えてください」
「思いつかねーから相談してんだけど」
「ですから、たいしたアドバイスはできないと最初に言ったでしょう」
ジェイドは、ふぅと溜息をついた。
それから、ひたりとルークを見る。
「……………」
「………な、なに?」
「……ルーク」
「うん?」
ジェイドは徐に片腕を伸ばすと、ルークの髪に手を差し込んで横髪に隠れていた耳をなぞるように撫でた。
「うわあっ!?」
ルークは反射的に身を引くと顔を真っ赤にして 耳を押さえる。
「いきなり何すんだよ」
ジェイドは爽やかに人の悪い笑みを浮かべた。
「いえ、どんな反応をするかな〜と思いまして」
「はあ!?」
「本当の猫なら、触るとピクピク耳が動くんですけどね」
「オレは猫じゃねえっ!」
「もちろん知ってますよ。ですが、そういえば猫に似ていると思いまして。気を許した人間にしか懐かないところだとか、気分屋な所だとか 。……いえ、今はあまり似ていないかもしれませんね。髪を切る前のあなたは、猫そっくりでしたが」
「う………ごめん……」
かつての自分を思い出したのか、ルークは言葉を詰まらせて項垂れる。
「………今のあなたは、猫というより子犬のようですね」
「そう、かな…」
「ええ」
怒られた子供のように肩を落とすルークは、まるでしゅんと耳を垂らした子犬のようだ。
ルークを見ながらそんなことを考えていると、今度は大きな翡翠の瞳に、じっと見つめられる 。
ジェイドは、微かに首を傾げる。
「ルーク」
「………猫みたいなのは、ジェイドの方だな」
「はい?」
「だって、ジェイドこそ誰にも懐かないだろ」
「……懐かない、ですか」
「うん。ジェイドは、誰にも心を許さない。ジ ェイドは……」
「そうですねぇ。私は冷たいですからね」
「そんなことねーよ!」
「ルーク?」
「あ………ご、ごめん、大きな声出して…」
ジィエドは怪訝な顔でルークを見る。
それから、ふと思ったことを尋ねてみる。
「………あなたは、私に懐かれたいのですか?」
「……っ、え、あ………ぅ、その………………」
ルークは俯きがちに視線をあちこちにさ迷わせながら、しどろもどろに口をパクパクさせていたが、最後にこくりと頷いた。
「…………………………う、ん……。てゆーか、その……もうちょっと…………」
ジェイドと、仲良くなりたいというか………
言葉は口の中でモゴモゴと小さくなり、最後は声にならないまま、喉の奥に消えていった。
そんなルークを見る、ジェイドの怪訝な顔がさらに深くなる。
「…………それこそ、他の方に頼むことをお勧めしますよ。贈り物の選び方以上に、専門外です」
「……………」
「ああ。それとも、あなたが私に教えてくれますか?懐き方とやらを」
「えっ?」
ルークは顔を上げて大きな瞳でジェイドを見た 。
けれどすぐに、ジェイドはにこやかな笑みを浮かべたまま言った。
「冗談です。とにかく、猫が好きな方なのでしたら、ぬいぐるみでも差し上げたらいかがですか。他にも猫をデザインした小物なら、どこの町にも色々と売っていると思いますよ」
「…………………」
「ルーク?」
俯いたまま黙り込んでいるルークを覗き込む。
微かに顔を上げたルークの翡翠の相貌と目が合うと、ルークは静かに口を開いた。
「…………教えたら、懐いてくれるのか?」
「はい?」
「……………」
ルークは、一歩ジェイドに近づくと、ジェイドに両手を伸ばした。
「……─っ」
ジェイドは少し驚いたように目を開く。
ルークは両手で、椅子に座るジェイドの頭を抱きしめた。
「…………」
ふわりと、ルークの匂いに包まれる。
間近に感じる、人の体温。
トクトクと鼓動を刻む音が聞こえる。
「………なるほど」
ジェイドが呟く。
何とも単純でわかりやすい懐き方だ。
とは言っても、ルークの行動も考えていることも、ジェイドには全くもって理解できない。
「…………」
だが……
なぜだか、今このわけのわからない状況が嫌ではない自分がいた。
触れたところから伝わってくる少しの緊張と、仄かな温もり。
「…………」
ふと、ルークの友人の誕生日にもこうすればいいのではないかと、そんなことが頭を過ぎったが、それを口にする気にはなれなかった。
その理由をしばらく考えて、一つの感情の名前に思い至る。
ジェイドは微かに苦笑して、ルークの腕の中で 目を閉じた。
──『猫と独占欲』・終──
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にゃー!!!!
ゆずさん、ありがとですー!
あいらぶ猫!
てか、ジェイドさん相変わらずイケメン過ぎる!