夢の先へ

腹に一物
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風呂上がりとはいえ、濡れた身体は夜風によく冷える。着てきた薄い服だけじゃ心許なくて、フリオニールが自分のマントで包んでくれたときは、正直胸が高鳴った。

「そろそろ、戻るか。大丈夫か?ディオニシュ。」
『うん…帰ろっか。(あんなに泣き腫らして…恥ずかしい)』


月明かりに照らされた、細い道を歩きながら、ディオニシュは肩に掛けられたマントを掴む。今までそれなりに生きてきたが、あんなに しかも誰かの前で泣いたのは、なかなか久しぶりだった。
フリオニールは微塵も気にしてないだろうが、ディオニシュは恥ずかしいやら何やらで、一人目を伏せていた。


「あいつら、もう寝たか?」
『どうだろ…かなり遅くなったから…あ、』


二人がクラウドらが野営を張っているコテージへと戻ると、そこは焚き火やランプの灯で明るかった。まだ、誰も寝床に入っていないらしく、戻ったディオニシュ達の姿を見て真っ先に気付いたティーダがこちらへ駆け寄ってきた。




「おーい!二人ともー!」
「遅かったね、何かあった?」
「い、いや、別に何も…」




夜なのにやたらテンションの高いティーダはさておき、夕食だろうか セシルがディオニシュとフリオニールにパンを手渡す。
セシルの問いに、思いっきり"何か"があったフリオニールは表情を引きつらせるも、意外とディオニシュが冷静にしているので、なんとか動揺を押さえることができた。


「あーっ!ディオニシュ、目が腫れてるッスよ?」
『……、』

静かな夜の空気の中に、不意にティーダの声が響いた。

『あぁ、これ?さっき砂ぼこりがね……』
「もしかして、フリオが泣かせたんじゃないスか?」
「な!ちょ、だ、誰がだ!」

確かに先ほどまで泣いていたディオニシュの目は赤く腫れていて、いらぬ疑いをかけられたフリオニールは怒りや恥ずかしさから赤面し、ティーダの頬をつねる。


「い、いひゃいっふ!」
「俺は泣かせてない!分かったかっ」
「まぁまぁ、フリオニール。」


夜中なのに、とにかく子供というのは元気なもので、セシルが苦笑しながらも二人を制止すれば、しぶしぶと言った感じで身を引いた。




ディオニシュはそんな彼らを遠目で見つめていたが、さすがに疲れたのか フリオニールの服を掴むと、コテージの方を指差した。


『私、そろそろ寝るね。また明日。』
「ん…?あぁ、おやすみ……。」
「おやすみ〜!」
『うん、おやすみなさい。』

コテージに向かいながら、ゆるゆると手を振るディオニシュのわずかな異変を、フリオニールは見逃さなかった。
ティーダ達からすればきっとただ疲れているだけに見えただろうディオニシュのそれも、

「(やっぱり、ちょっと元気がないな…。)」

フリオニールは一抹の不安を胸に抱きつつも、コテージに入るディオニシュの背をただ見つめるしかできなかった。

























『…う〜ん……、』


皆が眠りに就いて一時間後。
ディオニシュは自分のコテージから出て、近くの森の中にいた。
丑三つ時、といった風の薄暗さは孤独感に似ていて、ディオニシュはどうもその闇から抜け出せないでいる。

『…結局、寝れないんだよなぁ………、』

眠いけど寝れない。そんなもどかしさに瞼を擦っていた時、

『……!だ、れ…?』




ディオニシュは森の中に、イミテーションとは違う 生者の気配を感じ、腰かけていた岩からバッと立ち上がって声をあげた。
特に足音も聞こえないが、確かに感じる。禍々しい魔力を。









「…ほう、私の気配に気付くとは。さすがは神子、と言ったところか?小娘とはいえ、侮れんようだな。」
『……こ……皇、帝……?!』
「あぁ、安心しろ。今日は何も危害を加えに来たのではない。お前に会いに来たのだ。」
『な、に……?』

茂みの向こうから現れたのは、フリオニールの宿命の相手でもある皇帝だった。腹の中に一物抱いているような笑みを携え現れた皇帝に、ディオニシュは一気に眠気など吹き飛ぶ。

だが危害を加えに来たのではないという皇帝の言葉は本当のようで、現に彼は武器である杖を手にしていなかった。


『私に、何の用…?』
「そう怖い顔をするな。夜は長い。ゆっくり、話そうではないか、神子殿?」
『……っ!』



恐る恐る声をあげるディオニシュを嘲笑う様に、皇帝は口角を吊り上げる。
逃げることもままならないであろう自分の状況に、ディオニシュは静かに奥歯を噛み締めた。





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