マリオネットのラグナロク

不安と暗躍のひずみ
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その死神が去ったあと、シフは言い知れぬ不安感に襲われていた。自分が知るはずのない言葉が頭上を飛び交っていたはずなのに、なぜかそのすべてを知っている気がして。まるで、幼い頃に無くした記憶が呼び戻されるような感覚に、ただ身震いをするしかなかった。イミテーション…そんな言葉、聞いたこともないのに、あの死神すら口にしなかったはずなのに、なぜ自分が知っているのか。そもそもなぜ自分はここにいるんだろう。ラグナは無理に思い出さなくてもいいと言ってくれたけれど、大事な何かを忘れているのではないか?シフにはすべてを理解する余裕はなかったが、少なくとも自分自身が何かしらの鍵を握っているのでは、と思えていた。

『ラグナさん…カオスとか、コスモスとか…イミテーションとかって、何なんですか…?』
「イミテーション?あれ、そんなの教えたっけ?まぁ、それはオレにもよく分からないんだよねぇ…。」
『そうですか…。』
「とりあえず、はぐれた仲間達を探しながらでも探ってみようよ。そしたらキミのことも何か分かるかも知れないでしょ?」
『はい…。』

クジャが消えた方向を眺めていたラグナは、シフの問いかけに小さく首をかしげて応えた。イミテーションの存在をシフに教えた記憶はないのだが…。しかし、カオスやコスモスに関してならともかく、イミテーションはごく最近に出回り始めたものだ。この世界に来て長いユウナやジェクトなら何か知っているかもしれないが、何より今は仲間達と合流しなければならない。そんなラグナの言葉にシフは小さくうつむいたが、あえてラグナは気付かぬふりをして先へ進み出す。それに続いて歩き出したシフだったが、彼女の不安感はやがてすぐに消えることとなる。

『ラグナさん…あれ、なんでしょう?』
「うん?なになに?」
『ほら…これ。』
「これは…イミテーションの残骸だ…。」
『……!』

二人が少し歩いた頃、敵に見つからぬように茂みの中を歩いていたところに、シフが何かを見つけたらしくそれを指差した。金属とも鉱物とも言いがたい、ゴツゴツとした鈍く鈍い輝きを放つそれは、完全に沈黙した状態で横たわっていた。…それは確かにイミテーションと呼ばれるモノだった。それを見たシフは小さく息を飲む。なぜならそのイミテーションはラグナの姿を模していたからだ。まさしく人形と言うにふさわしいそれは、人の手で造り出されたのだろうか。

「イミテーションは、ヤツらが使役している人形だ。敵味方構わず誰かの姿をしている。オレらを見ると襲ってくるけど、こいつら自身の意思はないしね。」
『そうですか…。ちょっと哀れな気もしますけど…。』
「まぁね…でも、イミテーションの残骸があるってことは、コスモス軍の誰かがこいつを倒したってことだ。誰かに会えるかもしれないな!」
『……。』

自身の意思を持たない、戦う人形。イミテーションという存在を目の当たりにして、シフはひそかに安堵を感じていた。…自分の名も、記憶も持ち合わせぬ自分は、もしかしたらこのイミテーションと同じ存在なのではないか?それならば二柱の神々のどちらに召喚されたわけでもないし記憶や名前がなくてもおかしくはない。クジャとラグナの問答を聞きながら彼女はそう考えていたのだ。それゆえの不安感だったのだが…目の前のイミテーションはとても自分とは違う、異質な存在だ。それに比べて自分はちゃんと意思があるし誰かの姿を模しているわけでもない。だから私は私は私なのだ、とシフなりのアイデンティティーを確立することができていた。
ラグナもラグナで、仲間と合流できる可能性を得たことでモチベーションが上がったらしく、シフの手を取り軽やかに歩き出す。

『ラ、ラグナさん…!』
「早く誰かと合流しなきゃならないからさ!行こう!」
『ふふ、きっとすぐに会えますよ。』

ラグナの手から伝わる人肌の温もりがシフを自然と笑顔にさせる。屈託のない笑顔で笑うラグナにつられ、シフも久しぶりに心の奥底から笑えた気がした。
…この戦いを終わらせるために暗躍する影と、自分自身の恐るべき真実など、まだ知ることもなく。






「この戦いを終わらせ、次へ繋げるには、この方法しかないんだ…。」

ラグナとシフが去ったあとに、イミテーションを倒した男が口にした言葉の意味を知るのは、まだ先の話。

「(そういうやシフちゃんって誰かに似てる気が…まぁ、いいか。)」








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