混沌なる世界に光あれ
□帰る場所
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一体何が起きたというのだ。
眩い光に包まれたと思った刹那のことだった。私は自分の身に何が起きたのかも理解できぬまま意識を奪われ、気が付いたらここにいた。
手足が鉛のように重く感じる。沈むような気だるさに顔を歪ませて辺りを見回せば、そこはどこか見たことのある景色だった。
荒涼とした広がる大地…、もしやここは…
「パラメキア………?」
急いで上を見上げれば、高い丘の上にそびえたつ城を見つける。パラメキア城…私の城だ。砂ぼこりの向こう側には闘技場も見え、確実にここがパラメキア帝国だと分かった。
「……帰ってきた、のか…」
帰ってきた、帰ってきたのだ。元の世界、あるべき場所に。
光の一撃で貫かれたカオスは破れ 終焉なき幻想に終止符が…
「……いや、待て…何か、何かを忘れて、」
果てしない闘争が終わったという実感を得る前に、私は何か大切なことを忘れていると気づく。少しばかり痛む頭を押さえてその場に膝をつけば、手に握られていた何かが地面に落ちた。
「これ、は…………っ!!」
落ちたそれを手に拾い 私は思わず息を詰めた。この髪飾り…これは……
「アエリア……!」
――思い出した。アエリア、アエリアだ。私はアエリアを救うために……
「救えなかった、のか…私は…アエリアを…」
"…私はこの世界から出ることは出来ません。"
「―――…、っ…」
奥歯を噛み締めれば いつかのアエリアの言葉が甦る。…誓ったのに。あの世界から出られないと呟いたアエリアを 私の世界に連れ帰ると誓ったのに。結局私は何もできなかったのか。女一人、いや…愛する者の一人も…
「――何だ…この感覚は…?」
ふと頭によぎった何かに、私は身に余る悔しさを堪え顔をあげた。何かが…何かが私を呼んでいる。そんな気がした。もしかしたら、などと希望のようなものを抱いた私は、立ち上がり足を踏み出した。
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どれくらい歩いただろうか。私は砂煙しかない砂漠地帯を抜け、フィン国にまで来ていた。ここはパラメキアの領土。街には帝国軍の兵しかおらず、私は面倒を避けるため彼らに見つからぬよう先を急いだ。…感じる。この先に、何か…
「……あ、あれは……?」
フィン城にある湖の畔。私は木漏れ日に照らされた場所に小さな人影を見つける。じっと目を凝らして見るより早く、その人影が誰のものかすぐに分かった。
急いで駆け寄りその肩を抱く。頬にかかった髪を払って覗き込めば、そこには私は一番愛して止まぬ者の顔があった。
「―――アエリアッ!アエリア!目を覚ませ、アエリア!」
軽く肩を揺すり何度も名を呼ぶ。カオスに挑んだ際に出来たのか、無数にある切り傷が何とも痛々しかった。
名を叫び手を握って髪に触れ頬に指を這わす。それでも目を覚まさぬアエリアを諦めきれず 力任せに彼女の身体を抱き締めた瞬間。
『…………く、苦しいですよ、皇帝サマ…さすがに死んじゃいます…』
「………アエリア…?」
腕の中で呟かれた声は少し掠れていた。空耳ではなかろうかと目を丸くしてその顔に視線を移せば、苦しそうに軽く咳き込みながらこちらを見上げるアエリアがいた。…本当に、アエリアなのか……?
『何ですかそのあり得ねーみたいな顔は…私、ちゃんと生きてますよ。ほら、』
状況の展開についていけず言葉を失っていた私を見て、アエリアは指先で私の手に触れた。包み込む手は温かく、私は塞き止められていた何かが決壊したようにその手を握り返した。
「本当に、アエリアなのだな…?」
『イヤだな…他に誰がいるんですか。っていうか皇帝サマが言ったんでしょう?私を后にする、って。
――どうやらここが 私の帰るべき場所だったみたいです』
見上げる瞳に私の姿が映り ようやくすべてを理解することができた。
何より、アエリアが今 私の前にいる。それだけで十分だった。
『……皇帝サマ…?』
「―――っ…!ふ…、まさかな……涙など、とうに忘れたものと思っていたのだが……」
瞬間、頬に感じた冷たい感覚に肩を震わす。…涙だ。一筋の涙が溢れ落ち、乾いた地面を濡らした。
私はまだ…人の感情を失っていなかったのだな…
「これもアエリア…お前のお陰、か…」
少し驚いたような表情のアエリアの髪に触れ、私は握っていた彼女の髪飾りをその髪に付けた。
――光を浴びて輝く水面は 私達の未来を祝福しているように見えた。
帰る場所
(想う人がいるところが 自分の帰る場所)
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