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□馬鹿者どものみる夢は
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最初は何処かの黒猫が入り込んできたのかと思った。カーテンを僅かに揺らしただけで、殆ど音もなくその人は俺の部屋に侵入してきたのだ。
始めは叫んだ。ぎゃーとかお化けーとか言ってた気がする。それが、彼の「それ以上騒いだら殺す」とでも言わんばかりの鋭い視線一つで何も言えなくなってしまった。所詮は肉食動物と草食動物、彼に逆らえる程の度胸も器も俺は持ち合わせていない。観念して彼の好きなようにくつろがせている。散らかった雑誌とCDとゴミしかない俺の部屋で、だ。
我が者顔で座布団にどかりと座った彼は、先程からじーーっと俺の方を凝視してはものも言わずにおとなしくしている。てっきり学校休んだから咬み殺す、みたいな展開で来ると思っていたんだが。
何にしろおとなしくしてもらえるのはありがたい。こちらとて病人でベッドに伏している身なので。しかし一体全体、雲雀さんは俺に何の用があって来たんだろう?
「馬鹿は風邪引かないって聞いてたんだけど」
いたたまれない長い沈黙の中で(俺は既に現世と夢の狭間をうとうとと行き来していた)、ふっと口を開いた彼の声は酷く不機嫌そうなものだった。
「この時期にインフルエンザなんて、馬鹿じゃないの?」
季節は既に初夏を迎えようとしている。確かに時期はずれだ。でもそんなこと俺に言われたって困るのだ、文句なら神様か何かに言って欲しい。
「あ、の、」
「…声、酷いね」
「リボ、ーン、は、いません、よ」
「知ってる。今は君の家族と出かけてるんだろう」
意識は朦朧としているのに、彼の声ばかりやけに鮮明に響く。何でこの人がそんなことを知っているんだろう。ふっと疑問に思ったが、まぁいつも喧騒が絶えないこの家が静かなんだからそれくらい分かるもんだよな、と考え直した。そういうことにしておこう、うん。
「熱、何度だって?」
「さっき計ったら、9度2分でした、たぶん…」
「ふぅん…」
そう言ったきり雲雀さんはしばらく黙ると、傍らに置いていた彼持参のビニール袋(どうでもいいが雲雀さんにビニール袋という庶民的なアイテムは似合わない。確認)をごそごそといじり出した。数秒もたたずに取りだされたのはあの、先端が緑で、付け根が白い、野菜である。名前なんだったっけ、そう、ネギだ。(野菜の名前も追いつかないほどに既に俺の頭はやられ切っている)
…何でネギなんだろう。それも俺をいじめるための道具なんだろうか。汁とか目に飛ばすんだろうか。地味に嫌だ。
黙っているとそれを良しとしたのか、雲雀さんは寝床に伏した俺の首にネギを巻きつけてそのまま首を締めようと…ぎゃあああああああああ首いいいいい!!!!!
「ぎゃぁあああああ!!!!!」
「黙れ!!!」
本気で怒られたので黙った。反射的に、黙ってしまった。お父さんお母さん今まで育ててくれてありがとう俺の命もこれまでです…と頭の中で必死に両親にテレパスを送っている間に、俺の首にはネギがしっかりと縛りつけられていた。
間近に迫っていた雲雀さんの鬼のような形相はいつの間にか遠のいていて、ごろりと首を傾ければまたビニールをごそごそとしている彼の姿が見うけられた。…うん?
「あの、雲雀さ、ん、これ…」
「外さないようにね。風邪にきくんだって、それ」
いやいやいや、さすがに恥ずかしいので外したいんですが。どれだけ古典的な治療法なんだ。
あれ、治療って、雲雀さんは俺を看病しに着てくれたんだろうか。考えた俺は数秒後にその思考を打ち消した。いくらなんでもそれはおごり高ぶり過ぎだ。唯我独尊自己中心を背に負った彼が俺の看病だなんて、それはおかしい。だからこれは夢なんだろう、そうだ、はじめから夢だ。納得した俺は観念して目を閉じた。視界から彼がシャットダウンされる。悪夢なら早く覚めてしまおう。
次に目を開ければきっと、彼の姿はなくなっているだろう。母さんが帰ってきて、ああ、母さんの卵粥、久しぶりに食べたいなぁ。
「…眠るの?」
意識を手放そうとするのに、彼の声が邪魔してなかなか寝付けない。
彼の声を鮮明に再現してしまうほどに俺は雲雀さんのことが好きなんだなぁと、ぼんやりと思った。叶わない片思いだからきっと、神様が彼の夢をくださったんだろう。
けどどうせならもっと優しくて紳士な彼の夢を見たかった。これはあんまりにもリアル過ぎる。
「せっかく来てあげたのに、失礼な子だね」
「…まぁいい。早く熱下げてね。卵酒でも作っておくから」
「来週休んだら、咬み殺すから」
なんだか好き放題言ってる彼が、夢なのに、あんまり彼らしくて俺は笑ってしまった。
「…何笑ってるの」
生意気、と呟いた後に、冷たくて柔らかいものが俺の唇に触れた。マシュマロでも食べさせようとしてくれたのかもしれない。
…雲雀さんが、俺の手を握ってくれてる。硬くてぜんぜん気持ち良くないのに、やけに安心してしまった俺はずるずると意識を手放していった。やけに贅沢な夢だな、なんて思いながら。

もう少しだけ、起きてれば良かったかなぁ、なんて。

「おやすみ」




(数時間後目覚めた俺は、枕元に置かれた水筒の中身を確認すると同時に首元のネギ臭にますます困惑する事となる)

馬鹿ものどものみる夢は

(まさか、現実かも、なんて、
…そんな馬鹿な!!)

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