treasure

□ぜんぶ拐ってしまってよ
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「ついに奴の行方を掴みましたよ、綱吉君!!」
俺が部屋に入ってくるなり、興奮した口調で自称名探偵の俺の師匠は俺の元に駆け寄ってくるとがっしりと俺の肩を掴んだ。色違いの瞳が夢見る少年の様にきらきらと光っていて、こんな師匠を俺は嫌いじゃない。この応対が何回も続いていなければ、の話だが。
「…またですか?」
「目が腐ってますよ綱吉君!!今度こそは本当です!!」
人生には、何よりも「なあに、くそ」という精神がいちばん重要だ。
どこぞの偉い人が残したそんな名言があるが、誰が彼にその精神を教えてしまったのだろうか。心の内に留めるのも面倒臭くて、彼の眼前で俺は盛大にため息を吐いた。が、俺のそんな反応にももう慣れきってしまった彼は完全に我行く道で話を進めている。
「『今夜11時、ネーブル美術館にて睡蓮の絵を頂戴致します』…この街に、彼がやってくるんです!!馬鹿な奴だ、鼠捕りに自ら引っかかるようなものですよ!!」
高らかに奇っ怪な笑い声を上げる彼に若干引きながら、俺はぼそりと呟いた。
「…完全にナメられきってるだけなんじゃ…」
「なあに、悲観することはありませんよ綱吉君!!いくら君がぐずでドジで間抜けだと言っても、君にだって取り得の一つや二つはある」
「あんたのこと言ったんだけど?!」
この人は人の話を完全に聞いていない。
臨時アルバイトなんだからな。いつやめてもいいんだからな。とは言いつつも、給料無駄にいいから辞められないんだよな、この職業…。
「君には囮になってもらいます」
満面の笑顔ですっぱりはっきりと、自称名探偵の男は俺に告げた。
よし、この仕事終わったら退職願い書こう。引きつった笑みを返しながらも俺は胸の中で固く誓いを立てた。


今回美術館に侵入する怪盗。名を雲雀と言う。師匠とはとある因縁…というか一方的なものなのだが…があって、師匠はずっと彼を追っている。けれど姿はおろか消息さえもろくに掴んだことはなく、俺自身彼のことは知っても知らないようなものだった。
ただ、石像から一枚の硬貨まで未知数の美術品を盗んでいるにも関わらず捕まることは決してないところを思うと、相当に優秀な怪盗らしい。手口は全くもって不明。
だが彼の姿を見た数少ない人物は口を揃えて言うのだ、あんなに美しいものがこの世にあっていい筈がない、あれは一時の宵の夢だったのだと。よほど自信があるのか、彼は顔を隠そうとしない。その顔があまりにも端麗で美しいものだから、彼を見たものはその瞬間に時を止められてしまうのだという。それが中年の警察官までその始末と言うのだから笑えるものも笑えない。
「六道さんのばか…」
震える声は広々としたホールに響いて、木霊の様にひっそりと俺の耳に戻ってきた。視界は真っ暗だ。何も見えない。
「絶対こんな仕事、辞めてやる…!!」
憎憎しげに歯軋りしても、唸る様に叫んでも、返ってくるのは沈黙ばかり。本気で綱吉は泣きたくなった。なんで俺が、こんな目に合わなきゃならないんだ。
師匠の考えた作戦はこうだった。彼が絵画を盗みにやってくるのなら、絵画の代わりに君を置いておけばいいじゃない。つまるところ芸術品、ザ、俺。
最悪だ。人間として最低だ。
今現在俺は縄でぐるぐるに縛り上げられた挙句睡蓮の絵の置かれていた壁の真ん前に放置されている。無論モネの力作は既に師匠の手によって回収済みだ。絶対に解けない結び方なんですよー、と俺をめちゃくちゃに縛り上げた後誇らしげに笑った彼にとっては俺も懇親の力作だろう。禿げてしまえ。
さて。囮作戦開始から既に30分は経過していると思おうにも、時刻を確認しようにも視界は真っ暗だし、時計らしき秒針の音は何処からも聞こえない。
…怪盗が来なかったら朝までこれなのか!!絶望した俺はひたすらに願った。
(早く来い早く来てください雲雀さま…どうか早く…)
後ろで縛り上げられた手元で握るのは、一台のスイッチ。誰か来たらすぐに押せと師匠に言い付かっている。
と、何も音のしなかった美術館にふいに一つの音が生まれた。
チッチッ…と規則正しく音を刻むそれは…時計?首を傾げながらもじっと俺は耳をそばだてた。確かに近づいてくる、秒針の音。人の気配は全く感じないのに。
(誰か近づいてくる)
警備員だろうか。師匠が言うには今日は選りすぐりの警備の者を雇ったというから、気配を消すのが上手い人なのかもしれない。
(でも…)
上手いというレベルではない、これではまるで幽霊だ。
カツン、と一度だけ、靴音が響く。急にパッと視界が真っ白になって、相手が懐中電灯を付けたのだと理解するより先に俺は叫んでいた。
「あの、今、何時ですか…!!」
早く帰りたいと思う一心で叫んだ俺は、次の瞬間、口を閉める事も忘れてあんぐりと口を開けたままその人物を凝視してしまった。
対する彼の方も目を見開いてこちらを見つめている。
「君、誰?」
ぞくりと、背に這う何かを感じた。欠陥一つない陶器の様な滑らかさを持った肌に黒曜の宝石が二つはめ込まれた、彼こそがまさに芸術だと言わんばかりに彼は美しかった。地を這うようなアルトボイスに酔ってしまいそうになる。
彼が、雲雀だ。誰が言わずとも綱吉は納得してしまった。なるほどこれなら夢だと思うのも肯ける。
「げ、芸術品代理です…こんばんわ」
「まさか、六道の次の手ってこれなわけ?」
「ははは…」
いっそ泣きそうだった。一世を惑わす怪盗にこんな待遇。恥ずかしい。死んでしまいたい。
だが綱吉は主人の任務に忠実だった。震える手で指先に力を込めて、スイッチを押そうと
「ああ、その手に持ってるの押したら殺すから」
「ぎゃあああああ?!!」
「…動作が怪しすぎるんだよ。さっきから貧乏揺すりして。バレバレ」
ぺろりと舌を出した彼は俺の方につかつかと歩み寄ると容赦無く俺の手からスイッチを没収して、あろうことかそれを思いきり踏み潰した。ガシャンッと無情にも鳴り響く破壊音。これで俺の逃げ道は完全に絶たれてしまった。
「さあ、どう落とし前つけてもらおうかな」
舌なめずりでもしそうな上機嫌(不機嫌?)の彼の真下、ひいい、と情けない声を上げながら俺は涙を流してブルブルとチワワの様に震えた。鼻水とか出てたかもしらん。知るか。今は人間のくだらないプライドなんかより生命の危機である。
と、ふと思いついたように彼は呟いた。
「『彼の者を愛すなら徹底的に彼の者を利用するべきである』…って名言があるんだけど。知ってる?」
「は…?」
「六道の好きな名言なんだけどね。僕の目の前に晒すなんて、君はずいぶんと六道のお気に入りみたいだ」
なるほどこれはアイツの挑戦状か、などとよく分からないことを彼はひとしきりぶつぶつと呟いたあとに、にっこりと、とても綺麗な顔で笑った。
「ねぇ君、名前なんて言うの?」
「つ、綱吉です…」
「そう。ねぇ綱吉、君、僕の助手にならない?」
「はあ?!」
とても正気とは言えない彼の提案に俺は素で返してしまった。ぎろりと睨む彼の視線に萎縮した俺はまた何も言えなくなる。
「まぁ君なんてどうせぐずでドジで間抜けで救い様のない馬鹿なんだろうけど」
(昼の暴言に拍車が掛かった!!)
「どうやら僕は君を気に入ったらしい」
そう言って彼は俺の元に屈み込むと、背中でぎっちりと締められていた縄を何やらいじり出した。数秒後に、師匠が絶対に外れないと豪語した縄はいともあっけなく解かれてしまった。
「僕と一緒に来なよ」
そう言って、俺の目の前に手を差しだした彼はまたあの綺麗な笑みで笑った。完全に彼に魅せられていた俺は、間抜けな顔をただ地球の重力に忠実に縦に動かすことしか出来なかった。

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