ルルロロ文
□新陳代謝
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「すぐに行くから、先に帰ってろ」
彼がそういってロロと別れたのは二時間ほど前のこと。
用事をすませ帰ろうとしたルルーシュは通りがかった教師に雑用を頼まれてしまった。
きっぱりと断ろうとしたルルーシュだったが、その女性教師に泣きつかれ、結局は資料作成の手伝いをさせられてしまったのだった。
「ただいま、ロロ」
扉を開ければ、いつも通り明かりのついた部屋から、ほがらかな声が「ただいま」と出迎えてくれるはずだった。
だが、部屋の中は暗く、かすかに水音が聞こえてくるばかりだった。
自分の帰りが遅くなったことにへそをまげた弟が、シャワーを浴びているのだろうと彼は思った。
水は悲しみや苦しみ、嫌なことすべて洗い流してくれる・・・そういったのは誰だったか。
「遅くなってすまなかったな。今から食事を作るから」
返事はなかったが、たまごふわふわオムライスで機嫌を直してくれるはずだ。ロロはあれが大好きなのだから。
うれしそうにオムライスを頬張るロロを思い描くと頬が緩むのを抑えられない。
だが、冷蔵庫を覗きこみ中にある物を確認した彼の口はみるみるうちにへの字に変わる。
「・・・・・・ライスがない。う〜〜ん。」
正確にいうと、ライスも足りないがタマゴも二人分を作るには足りない。だがそれは自分の分を減らせばいいのでそれほど問題ではない。
ルルーシュは冷蔵庫の中にあるもので、ロロが機嫌を直してくれそうなメニューを考える。
ロロは出されたものはなんでも美味しいと食べてはいるが、やはり好物という物は存在する。
本人は自覚がないようだが、みていればわかる。ほかの食べ物よりも、わずかだが食べる速度が速くなる。
オムライスは1番食べる早さが速くなる。つまり、1番好きなものということだ。
(そういえば、最近は忙しくて一緒に買い物にも行っていなかったな・・・・・・)
ふたり一緒に買い物に行って、ふたり一緒にオムライスを作ろう。
ルルーシュはきっとロロが喜ぶだろうと信じ、バスルームにいるロロに声をかけた。
「ロロ、夕飯だが材料が足りなくてな。シャワーを浴びた後だが、一緒に買いに行かないか?」
だが、相変わらず返事はなかった。
「・・・・・・ぅ・・・っく」
バスルームから聞こえる声は確かにロロの声。
それは押し殺したような、かすかな泣き声だった。
「ロロ!どうした?」
「ぁ・・・何でもない!」
心配で思わずかけた声にかえってきたのは、慌てたようなロロの声。
「大丈夫じゃないだろ!?泣いてるのか、ロロ?」
「なんでもないよ!!」
激しい拒絶の声。そして強くなる水音。
何かあったに決まっている。そして、ロロはそれを隠そうとしている。
「入るぞ、ロロ!」
バスルームの扉を開けたルルーシュの目に、うなだれてただ水を浴びつづけるロロがうつる。
そう、ロロは水を浴びていた。
「バカ!何で水なんか。あぁ、こんなに冷えて・・・手、どうかしたのかロロ?」
ルルーシュはあわてて水を止め湯が出るように蛇口をひねり、ロロに暖かな湯がかかるようにする。
ロロはルルーシュからその手を必死に隠すようにしていた。わずかに見えるてのひらは、かすかに赤く色づいていた。
「怪我をしたのか!!ロロ、見せるんだ!」
「やだっ、触らないで!!」
手を取って怪我の確認をしようとしたルルーシュを、またも激しい拒絶の声が襲った。
訳のわからない拒絶。怪我をしているかもしれなくて心配なのに、何故確認させてくれないのか。
ルルーシュは嫌がるロロの腕をつかみ強引に引き寄せた。
「いやだぁあ!!」
ロロの絶叫が響きわたる。ルルーシュから逃れようと身をよじるが、けして兄の顔をみない。
「これは・・・・・・インクか・・・ペンキ?」
腕を強引に抑えられたロロはルルーシュの問いには答えずに、うなだれたままだった。
「怪我でもしたのかと思ったじゃないか・・・
ルルーシュはホッとして腕を放し、ロロに静かに問い掛けた。
「どうしたっていうんだ、ロロ。落ちないからといって、こんなにこすって・・・真っ赤になってるじゃないか。せめてお湯で・・・」
「・・・・・から・・・」
かぼそい、しぼりだすような声が聞こえた。
「ロロ・・・?」
「ぼくは・・・汚いから・・・・・・」
振り向いたロロは笑っていた。それは歪んだ笑いだった。
「ねぇ、これ・・・血みたいでしょう。僕の手・・・・・・」
手にはまだ、赤いインクがわずかに残っていたがそれよりもこすりつづけたため、てのひら自体が真っ赤になっていた。
「僕はたくさんの人を殺してきたから・・・きっと、血が染み込んでるんだよ」
ロロは両のてのひらを見ながら笑っていた。