10/17の日記

09:36

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「じゃあ、行くよ。兄さん」
「ああ」

膝の上のヒボムのお腹を撫でながら
そう短く返事をした。






シウォンは少し寂しそうな顔をして
俺の頬っぺたに軽くキスをしてから


お気に入りのヴィトンの鞄を肩にかけながら
他の部屋のメンバーたちを起こさないように静かに出ていった。



まだ朝の5時だから
ドラマの撮影の迎えがくるまで
あと二時間ある。

すっかり起きてしまったヒボムは床の上を滑るようにして歩くと
椅子をジャンプ台にして机の上に飛びのった。

踏み台にされた椅子が、カタカタ音をたてる。




静かな朝だ。



机の上にある
2つのカップには

さっきシウォンが淹れてきたコーヒーが少し残ってる。

熱すぎて飲めないって言ったら、息をふきかけて冷まそうとしてた姿がおかしくて
ヒボムと二人で笑った。



シウォンが飲んでたカップは、触れたらまだ温かくて

なぜだか分からないけど

心臓のあたりが少し痛くなった。



急いでベッドに戻って布団をかぶる。

真っ暗な世界には

信じられないぐらいシウォンの香りが残っていて


二人で寝るときはあんなに狭いのに

広い海の中に
たった一人で沈んでいくような気持ちになって

無理矢理目をつぶった。


―――――――――


寮の重いドアを、静かに閉める。

マンションの廊下はひどく寒くて

ヒチョル兄さんの部屋の暖かさが
もう懐かしく思えた。



上海行きの飛行機に乗る前に、一度家に戻って荷物を取ってこないと。


こんなに朝早く出ていく理由をそう説明したけど

本当は
ドンへたちと一緒に出かけることになれば
兄さんと二人でゆっくり時間を過ごせなくなるからだった。



中国に向かう時間が近づくと兄さんはあまり話さなくなって
僕の顔もほとんど見なくなる。


帰国して久しぶりに会うときは
人見知りの猫みたいに遠くから少しずつ近づいてくる。




マンションの前でタクシーを待つ間

じゃあ行くよ、って声をかけたときのヒチョル兄さんの表情が
ふと頭に浮かんで離れなくなった。


同じ会話を今まで何度繰り返してきただろう。


部屋を出る僕と
一人残る兄さんと。



無意識に
合鍵でマンションの自動ドアを開けて
エレベーターのボタンを押していた。


出てきたときの逆を辿るようにして
寮の重い扉を開ける。


短い廊下を抜けて
広いリビングの奥にある兄さんの部屋に入ると

ベッドの布団が丸く盛り上がっていて
ヒボムが机の上からこっちを見て少し鳴いた。


「兄さん」


布団を少しめくったら
目をぎゅっとつぶってた兄さんが
ゆっくり目を開けて僕を見ると、こう呟いた。


「…ゆうべお前の寝息がうるさくて眠れなかったから寝たいのに…
眠れないんだ。おかしいよな」


言葉を最後まで聞かずに

僕は力いっぱいヒチョル兄さんを抱きしめた。


いつもなら
苦しいって文句を言う兄さんが

抱きしめられたまま

黙って僕の頬っぺたにキスをした。








静かに寝息をたて始めた兄さんの
髪に触れていた手をそっと離して起き上がる。

沈んでいたベッドが軋む音が兄さんを起こしてしまわないように。


クローゼットの上にいるヒボムに
頼むよ、って目配せをしたら

大きな目で僕を見下ろして
また少し鳴いた。





じゃあ行ってきます、兄さん。



愛してる。

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